要介護の高齢者650万人――。既に介護費用が10兆円に達し、社会負担の増大が大きな課題になりつつある。これを大きく減らす策として考えられているのが、「高齢者向けコミュニティづくり」である。CCRC(Continuing Care Retirement Community)のような施設ではなく、日常の生活の中で高齢者同士が自然な形で交流する空気・環境を作ることで、要介護状態になりにくい社会を目指す。行政だけでなく、学術機関や企業が動き出そうとしている。以下では、これから訪れる深刻な超高齢化社会で健康長寿を実現していくための考え方や取り組みについて、書籍「産業プロデュースで未来を創る——新ビジネスを次々と生み出す思考法」から一部を紹介する。

高齢者20万人の生活と健康を追跡したビッグデータがある。データを蓄積しているのは、高齢者がどのような暮らしを送ると健康を維持できるのかを調査するプロジェクト「日本老年学的評価研究(JAGES:ジェイジス)」で、大学や自治体が協力して推進している。

これまで、健康を維持するためにはウォーキングや体操、食事の工夫が重要だと考えられてきた。ただJAGESの研究結果からは、そういった運動や適切な食事を習慣づけるだけでなく、社会そのものの設計が健康寿命に大きな影響を及ぼすことがわかってきた。

社会の設計という観点では、まず「どこに住んでいるか」によって健康寿命の平均値が大きく異なることがわかっている。JAGESに協力する53の市区町村を比較した結果、良いところと悪いところでは要介護リスクが最大2.9倍も違う。それも、自然豊かな地方に暮らす人ではなく、空気が悪いと考えられている都市部に住む人のほうが、圧倒的に健康寿命が長い。

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市区町村別の高齢者の健康状態は2.9倍の差がある
図は市区町村別でIADL(日常生活動作)が低下している高齢者の割合。8万8370人の要介護認定を受けていない高齢者が調査対象(出所:JAGESプレスリリース「認知症リスク、市区町村間格差は約3倍」を基に改変)

もう一つ別のデータを示そう。定期的に運動している人に、1人でやっているのか、誰かと一緒にやっているのかを尋ね、その後の要介護状態になったかどうかを追跡調査したところ、誰かと一緒に運動している人の方が要介護状態になりにくいことがわかってきた。

友達と一緒に運動をすると要介護になりにくい
図は運動の実施頻度と一緒に運動する相手がいるか否かによる要介護状態の発生リスク(4年間追跡)。1万1581人の65歳以上高齢者が対象(出所:JAGESプレスリリース「運動は1人より仲間とするのがお勧め」を基に改変)

どちらのデータも、「社会的な環境」が大きく影響していることを示唆している。周囲に人がたくさんいるところで、関わりを持ちながら暮らしていくことが重要なのだ。自然と出歩いて、人と会うような生活ができる街に住めば、健康でいられる可能性は高い。

コミュニティ参加者のほうが要介護状態になりにくい

これを検証するために、ある町で、人と交流する場を作った実験がある。愛知県の武豊町で、高齢者が集まる場所を地域に作った。ここで、夏祭り、クリスマス会、囲碁の会、お茶を飲みながらしゃべる会などを開催した。これまで地域活動がなかった場所に立ち上げ、これらの会に参加した人たちと、参加していない人たちの状態が、5年でどのように変わるかを調査した。具体的には、5年後の要介護認定者の数の比較である。

結果は、コミュニティに参加した人のグループは、要介護認定者の割合が約半分だった。人為的にコミュニティを作ることで、要介護リスクを減らせることの証左といえる。

(注)サロンへの参加に関しては、参加者は元々社交的な人、非参加者は元々引きこもり気味の人、といった属性の違いがある可能性が考えられ、それが健康寿命に影響していないとは言い切れない。そこで本研究では、コミュニティの「近所に住んでいる」人を「恐らく参加するであろう群」、「遠くに住んでいる」人を「恐らく参加しないであろう群」とした場合など、健康長寿につながる要因を多角的に分析している。

地域のサロンに参加する人は要介護になりにくい
図はサロン参加者と非参加者の5年後要介護認定率の比較。3回以上参加した人のみを「参加者」に分類(出所:JAGESプレスリリース「高齢者が交流を持つ「コミュニティ・サロン」をまちに設置すると、要介護認定率が半減する可能性がある」を基に改変)

重要なのは、こうした環境を日本全国に展開していくことだ。地域に働きかけた取り組みは、小さな一部の動きでしかない。日本の超高齢化社会という課題を解決するには、これを全国に展開して、社会全体を変えていく必要がある。そのためには、企業が動き、ビジネスとして自走する仕組みづくりが欠かせない。

健康を促すビジネス――。いくつか萌芽は見えつつある。例えばイオンは、ウォーキングのイベントを仕掛けている。モール内に、複数のタッチスタンドがあるウォーキングコースを設置した。モール内を歩き、タッチスタンドをまわることで買い物に使えるWAONポイントをもらえる仕組みである。イオンが目指しているのは、モール内をより長く歩かせることで、その途中でより多くの商品を見て、購買意欲を膨らませてもらうこと。こうして、ビジネスとして高齢者のコミュニティ形成を手掛けられるようになる。

別の例では、住友生命保険が2018年に発売した健康増進型保険「Vitality」がある。健康行動に対してポイントがつくプログラムに入ると、保険料が割引になる。保険会社は、健康な人を増やすことで保険金の支払いを削減できるうえ、提携プログラムの企業から広告料も徴収できる。こうして、自身の収益化とコミュニティづくりを両立しているわけだ。

介護コストの4割削減? コミュニティには財政的効果も

こういった企業のビジネスとうまく組み合わせられれば、高齢者の健康を維持する社会環境づくりは一気に広がる可能性がある。政府もそのインパクトに着目し、企業による高齢者コミュニティづくりを支援する仕組みを検討中だ。

その一つが、ソーシャルインパクトボンド(SIB)による介護予防のための取り組み。2018年4月に経済産業省で開催された次世代ヘルスケア産業協議会新事業創出ワーキンググループで、その可能性が検討された。SIBとは、社会課題の解決が必要とされている分野で、行政の業務を民間に委託し、民間のノウハウを活用して基本的に民間の資金で遂行した上で、その成果に応じて報酬が支払われる仕組みである。

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SIBのスキーム

企業がビジネス活動としてコミュニティを形成し、要介護者の数が減る、あるいは横ばいで推移するような状態になれば、それによって介護費用が削減される。そうなれば、介護保険の50%の財政負担を強いられている国や自治体にも財政的なメリットが出る。この削減分の一部を企業に償還するようにすれば、企業はコミュニティづくりを事業として行えるようになる。次世代ヘルスケア産業協議会での議論では、11年間の追跡データから、コミュニティ活動によって介護コストの15~40%を削減できる可能性があると報告されている。

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高齢者のコミュニティ参加で介護費用が15~40%削減される
(出所:2018年4月次世代ヘルスケア産業協議会新事業創出ワーキンググループ資料)