生体組織が傷を自然治癒させるように、材料そのものが損傷を“自動的に”修復して、原状またはそれに近い状態に復帰する――。そんなスマートマテリアルの一つ、自己修復材料(または自己治癒材料)が実用化に近づいている。モノが自ら傷を癒やすとなれば、機械の故障や、道路・トンネル・ガス管・水道管といったインフラの損壊を気にせずに済むようになる。

「何も壊れない」未来がやってくる?

飛行する旅客機を想い浮かべてほしい。ジェットエンジン内部では約600〜1500℃の高温にさらされた数百枚のタービンブレード(回転翼)が、毎分数千〜1万回以上という高速回転の遠心力に耐えながら動き続けている。このためブレードは特殊な耐熱合金で念入りに製造されている。それでも、綿密かつ頻繁な点検、検査、整備が欠かせない。ブレードの破損は、直ちに乗客乗員の生命に危険につながるからだ。

だが、もしブレードに破損が起こっても、材料が自動的にそれを修復するようになれば、空の安全性は格段に高まる。エンジンに負荷のかかる離陸時にトラブルが起こっても、巡航飛行して目的地に着くまでの間に破損が直っている、なんてことも可能になるのかもしれない。

夢物語のようにに感じるかもしれない。しかし、まだ実際に使われてはいないものの、自己修復機能が実用に堪え得るレベルにあるのは現実の話だ。2017年末、国立研究開発法人の物質・材料研究機構(NIMS)と横浜国立大学の研究グループが発表した自己治癒セラミックスは、発生した亀裂を約1000℃の環境下で最短約1分間で修復し、元の強度を回復するという。

この技術には安全性向上はもちろん、さまざまな利点がある。軽量で耐高温性が高いため、エンジン効率を高められるうえ、小型化が可能になる。効率が上がるので排出二酸化炭素も大幅に低減できる。耐久性もメンテナンス性も上がると考えれば、運用コストも下がるはずだ。

こうした自己修復技術は、さまざまな材料で研究開発が進められている。すべての材料で実現すれば、エンジンだけでなく、あらゆる機器の安全性と耐用時間が劇的に向上する。橋梁や建築物、航空機、自動車、人工心臓などの体内機器やPC、携帯電子機器に到るまで、あらゆる工業製品が、軽く小型で環境負荷が小さくなり、そして突然に壊れることがなくなる。

生体有機分子と人工高分子のナノ構造解析が進めば、生体組織への応用も可能になる。文字通り自然に治癒する人工組織である。マイクロデバイスでの断線を自己修復できれば、人工心臓など体内機器の寿命と安全性が飛躍的に高まる。遠い将来には「破損」や「故障修理」といった概念すらなくなるかもしれない。それが自己修復材料とこの技術の威力だ。

安倍内閣が2013年に掲げた「日本再興戦略」では、自己修復材料を含めた新材料研究開発の推進が掲げられ、世界市場が2030年に30兆円規模になるとの予想が示された。この予想が妥当かはさておき、「安全で強靱なインフラが低コストで実現されている社会」に向け、自己修復材料が果たす役割は極めて大きい。