30年近く前に世界的に脚光を浴びつつ、いまだ日の目を見ない夢のエネルギー技術がある。「凝縮系核反応」だ。常温核融合とも呼ばれる。常温から数百℃程度の環境で核融合を起こし、その際に発生する膨大なエネルギーを利用するという技術で、実現すれば長期間にわたって自律的に熱を発し続けるエネルギー源が手に入ることになる。

凝縮系核反応は、金属内のように原子や電子が多数、集積した状態で、元素が変換する現象である。核融合によって放出される膨大なエネルギーを持続的に得ることができ、「試験管の中の太陽」とも呼ばれた。基本的には水の電気分解と同じような簡単な装置で核融合を実現できるとされ、実用化できれば、今の社会のエネルギー事情が大きく変わる可能性を秘めている。極端な例を挙げれば、燃料補給なしで走り続ける自動車が実現可能になる。

常温核融合の始まりは1989年3月。米ユタ大学で、2人の研究者が化学反応では説明できない「過剰熱」を観測したと発表し、世界的に脚光を浴びた。日の目を見ていない理由として大きいのは、主要研究機関が否定的な姿勢をとったこと。ユタ大学での報告を受け、各国で一斉に追試が行われたものの、米欧の主要研究機関は1989年末までに否定的な見解を発表した。日本でも経済産業省が立ち上げた検証プロジェクトの報告書で、1993年に「過剰熱を実証できない」との見解を示した。

ただ可能性を信じる一部の研究者たちは、その後も研究を継続。再現に成功する例が見られるようになってきた。2010年頃からは、米国やイタリア、イスラエルなどに、エネルギー利用を目的としたベンチャー企業が次々と生まれている。日本では凝縮系核反応、米国では「低エネルギー核反応」という呼び名で、再評価する動きが出てきている。

わずか数百度で核反応が進む

今の物理学の常識では、元素を持続的に変換させるには、1億℃以上のプラズマ状態の反応場が必要とされる。フランスや日本などは、国際協力の下で「ITER(国際熱核融合実験炉)」の建設を進めている。巨大なコイルによって、「1億℃」を磁場で閉じ込めておく手法だが、当初の目標に比べ、実用化は大幅に遅れている。凝縮系核反応であれば、常温から数百℃という低温で元素が融合し、核種が変換する。

2015年4月、東北大学に「凝縮系核反応共同研究部門」が新設された。東北大学電子光理学研究センターに建った、凝縮系核反応共同研究部門の真新しい建屋に入ると、断熱材で覆われた実験装置がある。核反応が進行するチャンバー(容器)は円筒形。金属製なので中は見えないが、センサーによって温度を計測している(写真1)。「実験を始めてまだ1年ほどですが、順調に熱が出ています」。同研究部門の岩村康弘特任教授は、温度を記録したノートを見ながらこう話す。

(写真1)凝縮系核反応研究部門の研究室にある実験装置。この中で核反応が進む(撮影:日経BP)

東北大学に新設された凝縮系核反応共同研究部門は、クリーンエネルギー分野のベンチャーや研究室などに投資するクリーンプラネット(東京・港)が研究資金を出し、東北大学が施設や人材を提供するという形で2015年4月に発足した。

「核融合の際に発生する膨大なエネルギーを安定的に、安全かつ低コストで取り出せる道が見えてきたことで、欧米を中心に開発競争が活発化している。日本の研究者は、これまでこの分野を主導してきた実績がある。実用化に向け、国内に蓄積してきた英知を結集すべき」。クリーンプラネットの吉野英樹社長はこう考え、東北大学に資金を投じた。

東北大学・凝縮系核反応共同研究部門の岩村特任教授と伊藤岳彦客員准教授は、ともに三菱重工業で凝縮系核反応の研究に携わり、今回の部門新設を機に東北大学に移籍した。三菱重工は、放射性廃棄物を無害化する技術として、「新元素変換」という名称で地道に研究に取り組み、選択的な元素変換に成功するなど、世界的な成果を挙げてきた。

わずか1年で「過剰熱」を観測

岩村特任教授は、東北大学への移籍を機に、研究のターゲットを放射性廃棄物の無害化から、「熱の発生」に切り替えた。凝縮系核反応の応用分野には、発生した熱をエネルギー源に活用する方向性と、核変換によって放射性廃棄物の無害化や希少元素の生成を目指す方向性がある。現在、クリーンプラネットなど多くの企業、ベンチャーは、実用化した場合の市場規模が桁違いに大きい、エネルギー源の利用を優先して研究を進めている。

実は「熱の発生」に関しても、日本の研究者が世界的な研究成果を挙げてきた。先駆者は北海道大学の研究者だった水野忠彦博士と大阪大学の荒田吉明名誉教授。現在、国内では、この二人の研究者が見いだした熱発生の手法を軸に実用化研究が活発化している。

クリーンプラネットは、水野博士が設立した水素技術応用開発(札幌市)にも出資し、グループ企業にしている。東北大学の岩村特任教授らは、まず、水野博士の考案した手法の再現実験に取り組み、順調に「過剰熱」を観測している。

その手法とは、以下のような仕組みだ。円筒形のチャンバー内にワイヤー状のパラジウム電極を2つ配置し、その周囲をニッケル製メッシュで囲む(写真2)。この状態で、電極に高電圧をかけて放電処理した後、100~200℃で加熱(ベーキング)処理する。この結果、パラジウムワイヤーの表面は、パラジウムとニッケルによるナノスケールの構造を持った膜で覆われることになる。

(写真2)実験装置のチャンバー内にはワイヤー状のパラジウム電極を2つ配置し、その周囲をニッケル製メッシュで囲んだ(出所:東北大学・岩村特任教授)

こうしてパラジウム表面を活性化処理した後、チャンバー内を真空にし、ヒーターで数百度まで加熱した状態で、重水素ガスを高圧(300~170パスカル)で圧入し、パラジウムと重水素を十分に接触させる。すると、ヒーターで入力した以上の「過剰熱」が観測された。活性化処理せずに同じ装置と条件で重水素ガスを圧入した場合、過剰熱は観測されず、その差は70~100℃程度になるという。

「実験開始から1年足らずで、ここまで安定的に熱が出るとは、予想以上の成果。これまで三菱重工で蓄積してきた、再現性の高い元素変換の知見を熱発生にも応用できる」。岩村特任教授の表情は明るい。