売上高5800億円の大企業、ニチレイが新規事業創出に本気で取り組んでいる。主業である冷凍食品の加工と物流に加え、新たな成長ドライバーが必要と考えての決断だ。新規事業の一つである『conomeal®(このみる)』では、担当者が外部のコンサルタントと綿密に連絡を取り合い、メンバーの個々の分野を積極的に学ぶことで組織運営をスムーズに進めている。多くの企業は、既存の事業を効率よく推進するために組織をチューニングしてきた。そのため、組織が大きくなればなるほど、それとは違う動き方が求められる新規事業を創りにくい。この状況を突破し、大企業の中で新規事業を生み出す担当者には、普通の会社員とは異なるスキルが必要だ。

『このみる』は、「Psychometrics(サイコメトリクス)」と「MS Nose®(エムエスノーズ)」を活用した食のパーソナライズサービス。心理分析を担うサイコメトリクスと香りの測定技術であるエムエスノーズを組み合わせて、「自分に合ったおいしさを見える化」することをビジネスに柱にする。質問に回答しながら食の嗜好を分析し、最適なレシピをレコメンドするものだが、ビジネスモデルの詳細はまだ明らかにされていない。2020年の提供を目指して開発中だ。

開発中のこのみるのイメージ。開発中のため最終イメージとは異なる(出所:ニチレイ)
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特筆すべきはニチレイが保持する独自技術のエムエスノーズ。「レトロネーザルアロマ」を計測するもので、基盤技術グループで10年以上にわたり研究を重ねてきた。レトロネーザルアロマとは、鼻から直接嗅ぐものではなく、喉の奥から鼻腔に抜けて感じる香りを指す。我々が“味わい”と呼ぶ感覚であり、これまでにない高い精度の“おいしさ”を可視化できるのではないかと期待されている。サービスのローンチ後は顧客から得たデータを収集・解析し、その結果をさらなる新規ビジネス創出に生かすビジョンもある。

企業は大きくなるほど、組織の階層構造が深くなり、スピード感を失って社内から新しい事業が生まれなくなる。ところが、ニチレイが新規事業として、社内で進める『このみる』は、こうした常識に当てはまらず、順調に開発が進んでいるという。

事業開発がスムーズに進んでいる最大の理由は、もちろん経営陣のコミットだ。中長期的にビジョンを定めて“ニチレイの未来”を探るための組織である事業開発グループを設立した。ここに必要な予算も人も投入している。ただ、いくら箱を作っても、魂を入れなければ、何も動かない。つまり、組織を動かし、事業を推進するリーダーやチームが必要不可欠である。

『このみる』のプロジェクトにおいて、リーダーの役割を担っているのが、ニチレイ 経営企画部 事業開発グループの関屋英理子氏である。農林水産省に出向後の2017年、できたばかりの事業開発グループに配属された。このグループの議論の中で、『このみる』のコンセプトが生まれてきたという。

ニチレイ経営企画部事業開発グループの関屋英理子氏(写真:小口正貴)

「今の時代、ほしいものは世の中に溢れています。ないものを届けるのではなく、お客様と一緒に必要なものを探して確かな情報を届けること――それがお客様にとっての価値になり、我々にとっても新しい価値提供になるはずとの思いからスタートしました。そのためにニチレイが持つ心理学的なアプローチと香りの技術を集約したのです」(関屋氏)

最悪な第一印象を乗り越えて同志に

コンセプトは出来上がったものの、それを具現化し、事業化する必要がある。ところが、関屋氏は事業開発を手掛けるのは初めてで、事業化に向けたノウハウがない。そこで考えたのが、外部の知恵とノウハウの活用である。大手コンサルティングファームなどにも相談したりしたが、結果として、スペックホルダー代表取締役社長の大野泰敬氏に頼ることにした。同氏は、ソフトバンクで新規事業担当や初期段階のiPhoneのマーケティングを担当したのち、複数の上場会社で新規事業開発責任者を経て、独立。現在は過去の経験を生かし、大企業の新規事業に特化した事業展開を実施。実績のある精鋭部隊を率いてさまざまな大手企業の案件を裏側でサポートしている。

スペックホルダー代表取締役社長の大野泰敬氏(写真:小口正貴)

大手のコンサルティングファームではなく、大野氏を選んだ理由を、関屋氏は次のように話す。

「大手コンサルティングファームにも相談しましたが、その提案にはピンときませんでした。最大の理由は予算が限られていたことですが、私たち自身もステップバイステップで少しずつ進めていける人と取り組みたいとの思いがありました。これまでの経験上、大手のコンサルに依頼すると、丸ごと事業の立ち上げまでお願いするか、あるいは概念的に“理想的な事業の在り方”を資料で整理するか、そのどちらかのパターンになってしまうことが多かったんです。

でも、世の中のスタートアップは3人、4人のメンバーで一体となって昼夜問わずディスカッションを重ねながら事業を組み立てていますよね。そうした濃密なコミュニケーションがあってこそ事業は生まれてくるはずで、週に1回2時間の定例ミーティングでは到底無理だと思えたんです。今も大野さんにはほぼ毎日のように相談しています」

今でこそツーカーの仲となった2人だが、実は関屋氏の大野氏に対する第一印象は好ましいものではなかった。関屋氏は農水省時代に一度、大野氏と会っている。「当時は金髪にヘッドホンをぶら下げていて、あまりにも私と住む世界が違うので二度と会うことはないだろうと思っていました(笑)」(関屋氏)。

ニチレイに戻って、『このみる』の事業開発で悩んでいるときに「こういうサービスに得意な人がいたな」(同)と思い出して、藁をもつかむ思いで改めて接触したという。

「プレゼンの資料を見せていただいたら、写真や音楽、言葉選びのセンスが見た目とずいぶん違うなと感じて。考える根っこは同じなのかなと感じて、お願いすることにしました」(同)