昭和の名曲『石狩挽歌』。この歌を聞き、かつてのニシン漁の盛況ぶりを想像したことがあるという人は少なくないだろう。ニシン漁の最古の記録は15世紀半ばまでさかのぼる。明治の最盛期には年間100万トン近くの水揚げを誇り、北海道を代表する産業となった。道西各地に残る「鰊(ニシン)御殿」はその名残でもある。しかし、それも遙か昔の話。ニシンは1897年(明治30年)をピークに年々その量を減らし、ある時からほとんど姿を消す。1950年代半ばには「幻の魚」と呼ばれるほどに衰えた。1990年代後半からの数年は年間で2000〜3000トンレベルにまで落ち込み、本気で資源の枯渇が心配された。ところが、ここに来て、水揚げ量がじりじりと増えてきている。幻の魚がいま、なぜ北海道で増え始めているのか。そして、今後どうなるのか。前・後編の2回にわたりレポートする。

かつて大量に水揚げがあった頃のニシン漁の現場(写真提供:よいち水産博物館)

春になると、ニシンの大群が産卵のために沿岸に押し寄せる様子を「群来」(くき)と呼ぶ。ニシンが獲れなくなるにつれ、その数も減り、1950年代半ば以降はほとんど見られなくなってしまった。その群来が数十年ぶりに留萌で目撃され大騒ぎとなったのが1999年のこと。それから次第に増え、この10年ほどは北海道のあちらこちらで観測されるようになってきている。

その群来と共に、ニシンの水揚げ量がじりじりと上がってきている。特に、石狩湾を中心とする地域の漁獲は年々、着実に増えている。

直近のデータによれば、北海道全体でのニシンの水揚げ量は年間で1万トン近くまで回復してきている。1万トンと言ってもピンと来ない人が多いかもしれない。明治の最盛期には、最大で年間100万トン近くまであったわけで、今はその1%足らずの規模でしかない。北海道の水産物全体の水揚げ量も90万トン前後なので、これもまた全体の1%程度と小さい。しかし、かつてのニシン漁復活を思い描く関係者の期待は大きく膨らんでいる。このレポートでは、まずニシン資源の現在を概観した上で、水産研究や稚魚放流、漁業などいくつかの観点から現状と今後について見ていく。

写真は2018年2月、江差で104年ぶりに見られた群来。かもめ島えびす浜の海面が白濁していることが発見され、調査の結果、海藻にニシンの卵が付着していることがわかり、群来であることが判明した。(写真提供:檜山地区水産技術普及指導所、協力:公益社団法人 北海道栽培漁業振興公社)
北海道全体のニシン漁獲量は、最盛期の1897年の約97万トンから100年以上ほぼ一貫して減り続けてきた。その中で変化が起きている。北海道の日本海沿岸で獲れるニシン(石狩湾系ニシン)の漁獲高が1990年代後半から着実に増えてきている。グラフは、地方独立行政法人 北海道立総合研究機構(以下、道総研)提供のデータから作成

着実に数を増やす「石狩湾系」ニシン

北海道で獲れるニシンは、いくつかの系統に分かれるが、その中で特に大きな注目を集めているのが、北海道の西側、日本海沿岸で漁獲が増えている「石狩湾系」と呼ばれるニシンだ。

明治・大正期に浜を埋め尽くすほどの大漁をもたらした「北海道・サハリン系」と呼ばれる大回遊をする集団とは別の系統のニシンになる。北海道のニシン漁が廃れた主因は、北海道・サハリン系が分布域を北に移したこと。これに乱獲の圧力が加わったことで数十年にも及ぶ不漁が訪れることになったと考えられている。

北に広く分布する北海道・サハリン系に対して、石狩湾系は積丹半島から稚内までの日本海沿岸に分布する。回遊範囲も狭く、規模が小さい地域性のニシンになる。このほかに、道東の厚岸湖、風蓮湖、サロマ湖などの汽水湖の周辺で産卵・生息する湖沼系ニシンと呼ばれるものがある。

石狩湾を中心とする地域はもともとニシン漁が盛んだったところであり、ニシン復活を望む声が強かった。このため、1996年から12年にわたって、ニシン資源を増やすために北海道の主導で「日本海ニシン資源増大プロジェクト」が実施された。このプロジェクトの目玉となったのが人工授精で育てた稚魚を放流する事業であり、この親魚として石狩湾系ニシンが使われたのだ。

2007年のプロジェクト終了以降も、この地域では、現地の漁業協同組合が中心となって、稚魚放流や、漁業者がニシンを獲るための漁網の目を粗くして小さな魚を獲らないようにする自主規制など、資源復活のための地道な努力を続けている。

現在、増えているニシンは「石狩湾系」。石狩湾を中心とした道西の沿岸部に分布している。図は地方独立行政法人 北海道立総合研究機構(道総研)水産試験場の提供(2006年の道総研・高柳氏の図を改変)

2001年生まれの魚が多く生き残った?

では、どういう原因で石狩湾のニシン資源が増えてきたのだろうか?

北海道の水産資源研究をリードする地方独立行政法人 北海道立総合研究機構(以下、道総研)では、石狩湾ニシンが増えている背景に、「卓越年級群」の存在があると推測している。

「卓越年級群」というと難しく聞こえるが、簡単に言えば、何らかの要因がうまく重なって多く生き残った同世代の魚のことと思えばいい。こうした卓越年級群が親になると、当然、その子ども世代の数も多くなる。環境が悪化しなければ、孫世代、ひ孫世代と生存数は多いまま引き継がれていく。水産資源は、極端に大きな卓越年級群ができることが引き金となって、資源量そのものが一気に増える可能性があると言われているのだ。

道総研の中央水産試験場(中央水試) 資源管理部 資源管理グループでニシンを担当する三原栄次 主任主査は次のような状況証拠が見えると言う。

「きっかけは2001年です。この年には植物プランクトンの発生が多く、それに伴い動物プランクトンが増えました。おそらく餌の環境が良く、生まれたニシンの子どもが多く生き残った」

道総研中央水試 資源管理部 資源管理グループでニシンを担当する三原栄次主任主査(写真:高山和良)
石狩湾系ニシンの漁獲高は1990年代半ばまでごくわずかだったが、2002年以降は毎年の変動はあるものの着実に増えている(道総研 中央水産試験場提供のデータからグラフを作成)