この5月、あの吉野家が牛丼を缶詰にした「缶飯」(かんめし)という非常時の保存食商品を発売し、話題を呼んだ。牛丼だけではなく、豚丼、焼鶏丼、焼塩さば丼など、合計6種類のラインナップを同時にリリース、あっという間に売り切れとなったことは記憶に新しい。同社はなぜ、牛丼を缶詰にしたのか?保存食・非常食の分野にどのように参入しようとしているのか?また台風や地震など、実際の被災時における有用性や問題点は?同社で「缶飯」のプロジェクトを率いた同社執行役員で外販事業本部本部長の早麻義隆(はやまよしたか)氏と、開発を担当した同本部商品企画室長の小山田宗冬(おやまだむねふゆ)氏に話を聞いた(文中敬称略)。

ーー5月に牛丼を缶詰にした製品「缶飯」(かんめし)を発売され、発売直後、すぐに売り切れになり話題を呼びました。発売直後の状況とその後、現状についてお教えください。

早麻 缶飯は災害時の非常食・保存食として開発したもので、正直、われわれもあそこまでの反応があると思っていませんでした。外販事業本部では主に冷凍食品を扱っていますが、缶詰は初めて取り扱うものです。大量に作って在庫を抱えるリスクがあまりにも大きいので、コンシューマー向けではなく、B to Bに向けて出すという、ある意味で試験的な感覚でのスタートでした。

発注をいただきながら、状況を見ながら出していけると考えていたのですが、いきなりテレビやネットなどで注目が集まり、うちのECショップでも一気に出て、13万~14万缶が一瞬でなくなるということになりました。豚丼や焼鶏丼、焼塩さば丼など6種類の缶飯を出して、そのうちの4割が牛丼です。発売即売り切れになったことで、缶の手配や工場の稼働など、急遽お願いをしながら7月の再販にこぎ着けたというのが現状です。まさか個別のお客様があそこまで反応してくださるとは思っていませんでした。

ーーどういう方が買っているのですか? そもそもの開発意図である非常食・保存食としての手応えは?

早麻 お客様の購買動向を調べてみると、こんなものがあったと自慢したい方とか、話題のものだからという人たちです。あと贈り物みたいな感じでギフト的にもちょっと使われています。われわれの当初の意図である非常食・保存食と感じる人に響いたかどうかというと、実際の手応えは今からですね。ただ、当初想定していたB to Bのお客様からは面白いという反応をいただいているので、これからリピートされるかどうかだと思っています。

吉野家がこの5月に発売した非常用保存食「缶飯」。牛丼、牛焼肉丼、豚丼、豚生姜焼丼、焼鶏丼、焼塩さば丼の6種類を揃えた。5月の発売直後、注文が殺到し、売り切れで入手できなくなった(写真:高山和良)

ーーどういう反応を予測していましたか?また、なぜこれだけの動きになったのでしょう?

早麻 そもそも非常食として作ったものですので、具体的な購入先は官公庁や自治体を想定していました。企業のストック用途といったところまでは意識はしていませんでした。ところが、売ってみたら圧倒的にB to Cですごいことになった。個人からの反応がここまであるとは予測していませんでしたし、マスコミであれだけ取り上げられるとも思っていませんでした。正直、プレスリリースに反応してもらえるのかなというくらいの気持ちでしたから。

感覚としてはあの牛丼の吉野家が缶詰を作ったという話題性と、もう一つは、これだけ価格競争してきた企業が800円台の缶詰を作ったことを一つの企業の挑戦のように捉えていただいたことでしょうか。また、作る側としても結局、値段ありきでは、僕ら自身が納得するものはできなかったんです。まずは僕らが納得する缶詰の牛丼を1回作ろうということになり、その結果、値段もいいけれど、いいものができた。こういうことが、B to Cで当たった要因かなと思っています。

われわれはマーケットがなければ自分たちで作ればいいというところがあります。この製品はすごく精密なマーケティングから出てきたものではなく、吉野家としての思いがあって作ってみた。そうしたらそれがお客様に伝わり、こうした反応になったということなんじゃないでしょうか。

缶飯はわれわれ1社だけではできることではなく、周囲の強いところと組んで一緒に作り上げたものです。時間軸の問題やお金の問題もみんなで集まればなんとかなるという、いい事例にもなりました。

「缶飯」のプロジェクトを率いる吉野家 執行役員 外販事業本部 本部長 早麻義隆(はやまよしたか)氏(写真:高山和良)

ーーそもそも、なぜ、牛丼を缶詰にしようと考えたのですか?

早麻 実は缶飯のような商品を作りたいという話は阪神大震災の時までさかのぼるんです。吉野家の牛丼はある意味、国民食のようになっています。オペレーション的にもおコメと肉とタレと玉ねぎがあれば出せますので、阪神大震災の時もテントで、弁当を作って被災地に送ったり、どれだけ支援できるかということをやってきました。東日本大震災の時も、オレンジドリーム号という、イベントで使用するキッチンカーを集結させて、温かいものをお出しして被災地の方のお役に立てるようにしました。熊本の震災の時も同様です。

その流れの中で、今年、吉野家は創業120周年を迎えることになった。和食の牛丼ということで120年も商売させてもらっている企業として、もっと大勢の人に、あって良かったと思っていただけるものを作りたい、吉野家だから作れるものを模索したいという思いが今回の缶飯の開発につながりました。

ーー開発面でのこだわりやご苦労について教えてください。

早麻 もともとの思いが非常食ですから、常温で加熱せずにそのまま食べられるところには強くこだわりました。震災や台風などの被災直後はお湯もなければ火も起こせません。災害救助の初動の時点で、温めないと食べられない防災食など意味がありません。

東日本大震災で炊き出し支援に使われたオレンジドリーム号(写真提供:吉野家)

ただ、実際に完成するまでとても苦労しました。ハッキリ言って最初の試作は美味しくなかった。やはり缶詰でご飯付きというところが難しかったんです。例えば、冷凍の食材なら具材だけですが、牛丼を缶にする場合には必ずご飯付きになります。ご飯を缶詰にしたときの食感が良くありませんでした。あと、どうしても具はお肉ですから油が白く浮いて、試作の初期はとても温めずに食べることができないという状況でした。

ずっと白米で試していてどうしてもうまくいかない状況が続きました。そんな折、商品開発の小山田が「金のいぶき」という玄米を提供する会社とのご縁があって、1回試しに作ってみましょうかということになりました。そうしたら、完成したんです。