世界が新型コロナウイルスの感染拡大に大きく揺れる中、非常食・備蓄食としての缶詰が見直されている。この缶詰とITを核に、新しい食ビジネスの開拓に挑戦しているベンチャーがカンブライトだ。日産250個からの小ロット生産ができる小規模缶詰工場のネットワークを構築することで、地方に埋もれがちな特色ある食材・食品を掘り起こそうとしている。同社代表取締役社長の井上和馬氏は、この事業が日本の食品産業や地方の活性化にもつながると考える。オールド・テクノロジーの缶詰が、未来の食にどう寄与するか? ITエンジニアの発想を生かし、缶詰によるフードテック・ビジネスを提案する井上氏に話を聞いた。
──なぜ缶詰で起業をしようとお考えになったのでしょうか?
井上和馬⽒(以下、敬称略):母親が作る家庭の食事の幸せが染みこんでいるせいか、豊かな食卓が豊かな人間を作るという考えが自分の中に根強くあります。ところが、世の中大きく変わっていく中で、食の豊かさ、多様性がどんどん失われています。いつでもどこでも同じものが安く売られているのが今の日本の食の方向性ではないかと思っていて、面白味がない、何かが違うのではという感覚がずっとありました。
自分も家族がいて子供も3人いて、週末に僕が料理を作って人を呼んで食べてもらったりすることを楽しんでいるのですが、こうしたことが今後できなくなる可能性が高くなってきたと感じていました。そんな中、たまたまカンボジアに出張で行く機会があり、そこで買い出しに行ったんですが、その時にあらためて普段なにげなく買っている日本の食材のクオリティの高さと安さを実感しました。
カンブライトを起業した根っこには、日本の豊かな食を自分の子どもや孫の世代に残したいという思いがあります。加えて、純粋にビジネスに十分なり得るという思いがありました。世界には日本の食の価値を認めて高い値段を出してでも欲しい人たちがいる。それをつなげればビジネスになるという考えです。自分の中の使命感的なものとビジネスモデルがはまった感じですね。
日本の食を守りつつ、世界の市場に打って出るにはどうすればいいか、最適なツールは常温で長期保存ができる缶詰ではないかと思うようになりました。それも、今までとは違う価値があるものとして扱えたら面白くて新しい事業ができるのではないかと考えたわけです。さらに、価値の高い缶詰ができれば、地方で困っている食材の生産者や食品産業の手助けもできるのではないかと考えました。

──缶詰には思い入れがあったのですか?
井上:元から好きだったというわけではありません。起業の3年ほど前にテレビでパン・アキモトというパンの缶詰を作るパン屋さんの「救缶鳥プロジェクト」という取り組みを見て、ものすごく感動したことがそもそものきっかけでした。企業が備蓄した缶詰のパンを難民の飢餓救済につなげるもので、以来、ずっと頭に残っていたんです。
救缶⿃プロジェクトは、企業が備蓄⾷としてパンの缶詰を買い、賞味期限が3年ほどなので2年数カ⽉たったところで⼊れ替え、その入れ替えた賞味期限が迫ったパンを難⺠に送るという仕組みです。企業は賞味期限が切れないパンの缶詰をずっと備蓄でき、賞味期限が迫っているものは難民支援に回る。食品ロスも減り、飢餓救済にもなり、みんなが喜ぶ取り組みです。
その根幹に、常温で長期保存できる缶詰の特性があります。容器は丈夫で、生鮮食品はもとより冷凍・冷蔵食品よりもはるかに手軽に扱えます。救缶鳥プロジェクトを見て缶詰はすごいという感動が残っていたこともありました。こうしたことが後に缶詰でビジネスを立ち上げようと思った理由ですね。
──その後、起業はどのような経緯で?
井上:起業を思い立ったのはその後、別のテレビ番組を見た時です。今カンブライトに出資してくださっているオーナーが社会起業家を募集していることを知り、愛媛の方なんですが、すぐに会いに行きました。こういう事業をしたいというプレゼンをさせてもらって出資をいただくことになり、勤めている会社をすぐに辞めて設立しました。起業家募集のテレビを見たのが2015年6月11日のことで、勤めていた会社を辞めたのが8月末。9月頭には今の会社を作りました。今年が5期目になります。

──井上さんは元々はIT関連にお勤めだったとのことですが。
井上:私のやってきたことを一言でくくるならITエンジニアでしょうか。3社経験していまして、設計・開発から営業や納品、組織のマネジメントまですべてやってきました。もともと何にでも興味を持つタイプで、興味があるものは全部やりたいという人間です。
自分の市場価値を上げたいという思いが最初から今に至るまでありまして、人に求められる人材になりたいというのがすべての根幹ですね。ですから、社会課題の解決に役立ちたいという思いがあります。
──創業して5期目ですが状況としてはいかがですか?
井上:状況としてはやっと重たい石がごろっと動き始めたような感じです。創業してからの4年間は投資、投資でひたすらノウハウをためたり、開発をひたすらやったりしたので、やっとその辺が動き出しそうだなという時期です。来年にはようやく黒字に向けて事業としてなんとか行けるかなというのが見えてきました。そろそろ出資者の方にちゃんとお返しできるようにしないといけないと考えています。
──そうした大切な次期に新型コロナウイルスの感染が広がっています。缶詰はこうした状況下で保存食・非常食としての大きな役割があると思いますが、いかがですか?また、この時期、カンブライトにはどんな役割があるとお考えですか?
井上:地方創生事業として、地方が持つ多様性を価値にすることで、世界に向けてチャレンジができるプラットフォームを作ろうと思い事業に取り組んできました。感染拡大が止まらない新型コロナですが、必ず、どこかの時点で過疎化が進む地方の食資源を活用する動きになると思いますので、これまで以上に我々のサービスが世の中に貢献できると考えています。大変な時期ではありますが、こういう状況だからこそ、よりスピードを持って今の事業を前に進めていきたいと思っています。

──カンブライトの起業理念を見ると、「日本中の豊かな食」に対する強い思いが感じられますが。
井上:料理は食材がおいしくなければ美味しいものにはなりません。世界的に見て、日本の資産は豊かな自然といいものを作ろうとする人たちです。生産者がいなければおいしい食材が手に入らなくなってしまいます。それでは困るというのが一つです。もう一つは、これだけ世界に誇れるコンテンツがあるのに、日本は何故それを大安売りして生産者を苦しめて、その人たちをなくすような活動しかしていないんだろうという思いがあります。
日本の農家がどんどん減ってきているのは、自分の子どもに跡を継がせたくないからだという話があります。自分の事業を自分の子ども達にやらせたくないなんて、僕からすればすごく価値があることをやっているのに、子どもに継がせたくないなんて違和感しかありません。純粋に儲からないから、稼げないからという、それしかないんです。
これは、日本の食が小売りや流通も含めて、大量生産大量消費大量廃棄のモデルに最適化することによって生じた状況です。もちろん、いつでもどこでも安く同じものが高品質に味わえることは素晴らしいと思うし、このモデルを全否定するつもりはありませんが、あまりにそれに寄りすぎてしまっています。
日本では大量生産モデルに最適化しすぎて、本来その土地土地にしかない価値を全部つぶしてしまっている。これは非常にもったいない。日本の国土は、段々畑だったり農地が細かく別れていたり、大量生産モデルには合わない。逆に言えば、四季折々の自然の中で、クオリティが高く多様なものを作れます。ならば、付加価値の高いもので単価を上げて稼ぐしかない。基本、ビジネスは、薄利多売か量は少なくても単価を上げて稼ぐかどちらかしかないからです。
ただ、国内市場を見ると大量生産方式に最適化されてしまって、高いものが売れるかというと難しい。であれば、海外向けに出すことを前提にしていかなくてはいけません。
また、地方で何か新しい挑戦をしたい人たちに手段がなさ過ぎます。ですから僕たちは、その手段の一つとして缶詰のプラットフォームを作っています。具体的には、缶詰の小ロット多品種生産ができる商品開発環境とその生産ネットワークの仕組みを提供するということです。

──事業内容についてもう詳しく教えてください。
井上:簡単に言うと、缶詰の商品開発と製造のプラットフォームを作っている会社です。具体的には二つあります。
一つは、食材や食品の生産者さんと一緒に缶詰を100個単位、小ロットで作れる新商品の開発をやっています。僕たちはこの事業を「共創開発」と呼んでいます。もう一つは、小ロット多品種で缶詰を作れる工場の導入支援です。設備の選定から導入、工場運用システム、働き手の研修マニュアルなど、缶詰工場として運用するためのすべてをパッケージにした「スマート食品工場パッケージ」を販売して、そのネットワークを全国に作るという事業です。
カンブライトでは、この二つの事業をメインで展開しながら、「共創開発」した商品を販売する事業をエイチアンドダブリューという協力会社と提携して進めています。こうした取り組みをすることで、商品開発から製造、販売までをワンストップで地方の方々、食材や食品の生産者の方々に提供します。
昨年の11月、京都に本社兼店舗の「ひとかん京都本店」をオープンして、商品を一般の方に販売できるようにしました。また、東京の日本橋にも缶詰の自販機を置いて、ご好評をいただいています。こうした実販売をしながら、どのような商品がどういうお客様に求められているのかというマーケティングデータを取っています。こうしたデータを分析して次の商品開発に生かしていく考えです。

