「おいしいご飯」といえば、誰もが炊きたての白いご飯を思い浮かべるのではないだろうか。毎年春に銘柄米の特Aランキングが発表され話題を呼ぶが、この食味ランキングも白いご飯で評価される。産地では自分たちのコメが特Aに選ばれたかどうかに一喜一憂し、消費者も評価にこだわりコメを選ぶ。いわゆる“銀シャリ”の味が日本のコメの在り方を決めてきたと言っていい。だが、ある玄米品種がこの常識を変えるかもしれない。その品種とは、胚芽部分が一般的なコメの3倍もある巨大胚芽米「金のいぶき」だ。玄米ご飯として驚くほど美味しいと評判を呼び、健康志向ともマッチして毎年じわじわと人気を高めている。

「金のいぶき」の水田風。(写真提供:宮城県 農政部 みやぎ米推進課)

「金のいぶき」が初めて市場に投下されたのは2014年、今から6年ほど前にさかのぼる。それから毎年20%以上の伸びで販売数量を増やし続けている。2017年にはパックライスに、2018年からはコンビニのおにぎりに採用されるなど、市場での存在感は徐々に高まっている。

「金のいぶき」の販売数量は毎年着実に伸びている(データ提供:株式会社「金のいぶき」)
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ナチュラルローソンで販売されている「金のいぶき」を使ったおにぎり(写真:高山和良)

「金のいぶき」を生み出した宮城県でも、同品種を県を代表する4つの顔の1つに指定した。他の3つは、「ササニシキ」「ひとめぼれ」「だて正夢」という錚々たるコメばかり。この一角に「金のいぶき」が選ばれたわけで、宮城県としての期待の大きさが見て取れる。

一般に、玄米というと炊飯に時間がかかったり、ぼそぼそと食べにくかったりすることもあって、健康志向の人を除けば毎日の食卓に載るものではない。コメの消費量は年々減り続けているとはいっても、まだまだ日本人の主食は“銀シャリ”だ。

玄米食についても、玄米用の品種ではなく、一般的な白米用の銘柄を玄米ご飯として炊いて食べることがほどんど。つまり、「コシヒカリ」や「つや姫」「ひとめぼれ」といった銘柄米を玄米として買い、それを玄米ご飯として食べたり、自分で精米して白いご飯として食べるのが普通だろう。

ところが、この「金のいぶき」は、言ってみれば“生粋の玄米品種”であり、白米として食べることはそもそも想定してない。あくまでも玄米や発芽玄米として炊いて食べることが前提の、玄米ご飯に特化した異色の品種と言ってもいい。

普通のコメの3倍の巨大胚芽!

「金のいぶき」の最大の特徴は、なんと言っても大きな胚芽だ。普通のコメの3倍もあり、実際の米粒を見ると巨大胚芽米と言われるのがよくわかる。

一般に、胚芽の部分にはビタミンEを始めとするビタミン類、GABAと呼ばれるγ-アミノ酪酸や、ガンマオリザノール、食物繊維などの栄養素が豊富に含まれている。しかも、胚芽が大きいため、普通の白米と同じ炊飯モードで炊ける。玄米の表面層には油分が付いていて水を弾くため炊き上がるまでに時間がかかるのだが、「金のいぶき」は胚芽部分が巨大なため水を吸収しやすい。通常の玄米に比べて浸水時間も短く、白米とほぼ同じ炊飯時間で済む。

さらに、炊飯過程で熱水を含み膨張すると表面層が中心部から割れて、中のでんぷんが表面に出てくる特性がある。このため、従来の玄米ご飯のイメージとは打って変わって、「金のいぶき」は“もっちり、ふっくら”炊き上がる。

写真は「金のいぶき」の胚芽の大きさを通常のコメと比べたもの。3つのグラフは巨大胚芽によって栄養価が高いことを示している。白米との比較はもちろんだが、胚芽が大きいことで他の玄米と比べても様々な栄養成分が多く含まれていることがわかる(資料提供:宮城県 農政部 みやぎ米推進課)

偶然の積み重ねで日の目を見た品種

「金のいぶき」は、宮城県古川農業試験場で開発された。大きな戦略に沿って開発された品種というよりも、そもそもシンプルな狙いで開発され、偶然が積み重なることで県の戦略品種にまでなった。

同試験場は「ササニシキ」「ひとめぼれ」「だて正夢」など東北を代表する銘柄米を生み出してきた東北きっての水稲品種の開発拠点で、「金のいぶき」の開発コードは「東北胚202号」という。開発したのは、2019年3月まで同試験場で場長を務めた永野邦明氏(現在は東北福祉大学 感性福祉研究所 特任教授)である。

永野氏は、東北胚202号を開発する際に、後に「金のいぶき」としてこれほど注目されるコメになるとは夢にも思っていなかった。開発のきっかけも「美味しい発芽玄米がなかったので、食べて美味しい発芽玄米の原料米を開発しようというくらいで、それほど深い考えではなく単純なものでした」と振り返る。 

同氏は続けて、「そもそも玄米食用品種という概念がなく、美味しい玄米の定義や評価方法もなかったので、炊飯方法や分析方法も手探り状態で試行錯誤の連続でした。また、美味しい玄米品種自体がなかったし、わからなかったので、どのような親同士の掛け合わせから開発するのかもわからず、ほぼ勘に近い状態で開発を進めました」と語る。

永野氏は胚芽が大きな「めばえもち」というもち系品種と、低アミロースで美味しい「たきたて」といううるち系品種を人工交配し、そこから東北胚202号を育成した。ただ、「最初まったく注目されず、品種化は難しい状況でした」と永野氏。今では長所になっている巨大な胚芽部分も、一般的なコメの観点からは見た目が悪いと捉えられてしまったこともお蔵入り寸前にまでなった理由だった。

「金のいぶき」(東北胚202号)を開発した永野邦明氏。同品種の“生みの親”だ。現在は東北福祉大学 感性福祉研究所 特任教授。 2019年3月まで宮城県古川農業試験場 場長を務めた。「ひとめぼれ」をはじめ多くの品種育成に携わった(写真提供:永野邦明氏)