新型コロナウイルスにより世の中が劇的な変化を迫られる中、日本人の食の風景にも変化が起きようとしている。昆虫食が今、広がりをみせているのだ。2020年5月には大手小売りの無印良品がネットで「コオロギせんべい」の発売を開始。大きな話題となっている。どのようにして「コオロギせんべい」が生まれたのか。開発はすんなり進んだのか。関係各社に話を聞いた(全2回)

2020年5月20日、日本人の昆虫食の意識を変えるかもしれない商品が発売された。無印良品が「コオロギせんべい」の販売をオンラインショップで開始したのだ。食用に養殖されたコオロギの粉末を用いたせんべいで、一袋に約30匹分のコオロギが使われている。初回販売分は当日完売。27日に再入荷されたが、こちらもほぼ1日で完売した。現在はネットのみの販売だが、今後店舗数を絞り実店舗で売る計画もある。店舗で販売を開始する際には、大規模な展開を予定しているという。

無印良品の「コオロギせんべい」。芳ばしい香りが食欲をそそり後を引く。一袋55グラムで213キロカロリーとカロリーも控えめ(写真:メレンダ千春)

これまで昆虫食というと、食べ物として意識されてこなかった昆虫が、そのままの姿で用いられた料理やスナックをそのインパクトからメディアなどが取り上げるケースが目立った。しかし、無印良品の「コオロギせんべい」にコオロギの姿はない。完全に粉となった状態で混ぜ込まれているため、袋に「コオロギ」の文字や絵がなければ、普通のせんべいにしか見えない。さっくり軽い食感のせんべいは芳ばしく、エビせんべいそっくりの味だ。そもそもコオロギをはじめとする昆虫食に注目が集まるのは、世界的な人口増加による食糧難に備えるためだ。であれば、まずは姿のままよりも「コオロギ粉」の方が、より広い層に食材として浸透しやすいだろう。「コオロギせんべい」は、虫が食材として世間に認識されていく大きなきっかけとなるかもしれないのだ。

フィンランドから届いたコオロギのお菓子に着目

無印良品を運営する良品計画(東京・豊島)は「商い」で社会に貢献することを目標とし、環境に対する意識が高い企業だ。「コオロギせんべい」もその社風から他社に先駆け企画した商品かと思いや、実は同社の担当者は昨年まで、食用コオロギの存在を知らなかったという。

きっかけは、無印良品の初のフィンランド出店の計画だった。昨年11月の開店に向けて現地スタッフが日本を訪れた際、土産に持ってきたのが同地で話題を呼んでいるコオロギを用いたお菓子だったのだ。チリ風味のコオロギに、コオロギクッキー、コオロギのチョコレートがけなどが並んだそうだ。

「意外にうまいな」「味はいけますね」

「コオロギせんべい」の開発を担当した同社食品部 菓子・飲料担当の神宮隆行氏と山田達郎氏は、異口同音に振り返る。最初は、フィンランドにそうした昆虫食の文化があるのだろうかと思ったが、調べてみると国連食糧農業機関(FAO)の報告書や欧米の動向に行きついた。FAOは、爆発的な人口増加から近い将来訪れる世界的な食糧難に対応する食材としてタンパク質が豊富で栄養価が高い昆虫を取り上げた報告書を13年に発表。以来、各国で盛んに研究開発が行われ、虫を用いた食品が販売されるようになっているのだ。

両氏はまた、コオロギの養殖や製品を手掛けるフィンランドの企業も現地で視察。「養豚からコオロギの養殖に切り替えるなど、50カ所ほどコオロギ農場があると聞き、ビジネスになってきていると肌で感じた」とカテゴリーマネージャーの神宮氏は話す。「日本では食料問題は遠い先のことという感覚の人が多いと思うが、コオロギを使った商品を出すことで、問題を知ってもらう入口となるのではと考えた」(同)と言い、コオロギを用いた食品の開発に取り組むことになったという。

フィンランドで筆者が見たコオロギを使ったお菓子やスナック。2018年当時のもの。最近では、コオロギのプロテインパウダーなども登場している(写真:メレンダ千春)

同社のせんべいに使われているコオロギを提供しているのは、徳島大学発のベンチャー企業であるグリラス(徳島県鳴門市)だ。約30年前から発生生物学の分野でコオロギの研究を続けてきた徳島大は16年より食用コオロギの研究を開始。19年にはコオロギの飼育管理・育種の専門会社である同社が創立された。食用コオロギのリーディングカンパニーである。

コオロギの粉末を使ったせんべいは、一見シンプルな商品に思えるが、実は完成するまでにさまざまな苦労があった。最も大きな課題となったのは「どこが作ってくれるのか」だった。コオロギという、これまで食材として認識されてこなかった材料を、扱ってもらえる工場が見つからなかったのだ。「無印良品の売れ筋商品をコオロギに置き換えるといいのではないか。そうした発想からスタートしたが、そもそもコオロギを使う、というだけでほとんどの工場はNGだった」と神宮氏は明かす。アレルギーの問題もあった。コオロギなどの昆虫は、エビ、カニといった甲殻類と系統的に近くアレルギー反応がでる可能性が高い。そのため、元々甲殻類を扱っていない工場は手掛けることができなかった。その上、コオロギの破片は異物混入と区別がつかないという問題もでてきた。

工場探しに3カ月

「製品にコオロギの足が入っていたとして、それがコオロギなのか他の虫の足なのかは判断がつきません。そうした問題が起きないような対応をしてもらえる工場となると、さらに選択肢は絞られた。最終的に受けてもらえたのは、エビせんべいを作っている工場。一般商品ほど大量に作る製品ではなく、掃除に時間がかかるなど、工場にとって効率がいい仕事ではない。それでもその工場が受けてくれたのは、未来の食に向けて提言する商品であるという考え方に賛同してもらえたからです」(神宮氏)。生産工場の決定までには3カ月ほどの時間がかかったという。

「コオロギせんべい」は最初から今のような形で企画されたものではない。当初はやはりインパクトがある商品がいいのではと、コオロギをぺちゃんと潰し、姿焼きにしたイカせんべいのような形にできないかと考えたという。「ところがサンプルを作ってみると、形がいびつでバキバキと割れてしまった。コオロギの足も飛んでいって異物混入になる可能性もある。インパクトは抜群だったが、製品にはできなかった」(山田氏)。コオロギの姿にこだわらない商品が完成するまでには、こんな過程があったのだ。