世界各国で昆虫食の市場が大きく動き出している。中でも注目の「食材」の一つはコオロギだ。日本でも無印良品が「コオロギせんべい」を5月に発売。また同月、同製品の原料を供給するコオロギの飼育管理・育種の専門会社グリラスが、トヨタ自動車グループのジェイテクトと組みコオロギの自動飼育システムの開発に乗り出した。どうしてあまたの昆虫の中でもコオロギなのか。養殖事情からその味の秘密まで、各社に話を聞いた。(全2回)

2020年5月から、無印良品で発売された「コオロギせんべい」。同店を運営する良品計画がこの商品を手掛けるきっかけは、無印良品の初のフィンランド出店の計画だった。昨秋の開店に向け現地スタッフが日本を訪れた際、土産に持ってきたのが同地で話題を呼んでいるコオロギを用いたお菓子だったのだ。(詳しくは前回を参照していただきたい)。

しかし、なぜコオロギなのか。なぜフィンランドでも日本でも、真っ先に昆虫食材としてコオロギが取り上げられるようになっているのか。少なくとも日本では、コオロギよりも、イナゴや蜂の子などの方が食用として知られてきたはずだ。

国連食糧農業機関(FAO)の報告書を見ると、とりわけコオロギだけが食料危機を救う虫と見なされているわけではない。同機関の資料によれば、世界で1900種類以上の昆虫が食料とされている中、一番よく食べられているのは、甲虫類(コガネムシ目)、毛虫・イモムシ類(チョウ目)、ハチ(アリ目)で、コオロギの属するバッタ目はその次というデータがあるという。にもかかわらず、世界的に最も注目される昆虫の一つはコオロギだ。

ここで、そもそもなぜ今昆虫食の重要性が叫ばれるのかを改めて振り返ってみたい。

世界の人口は50年には100億人に迫るとされ、動物性タンパク源が足りなくなると言われている。これまで人の主なタンパク源となってきた牛や豚、鶏などの家畜は、飼育のために多くのエサや水が必要だ。過放牧による草原や森林の衰退も懸念される。その上、牛などのはんすう動物はげっぷをするため、これに含まれるメタンが、地球の温暖化を促進するという。

「昆虫は1キロのタンパク質を生産するのに必要なエサの量が、主な畜産物に比べ少ない。水も飲み水だけで、牛のように牧草を育てるための水は必要ない。温室効果ガスの排出などの環境負荷も少なく、サステナブルで環境にやさしいタンパク源なのです」。コオロギの飼育管理・育種事業を手掛ける徳島大学発のスタートアップ、グリラスの取締役会長兼CEOの渡邉崇人氏はこう解説する(グリラスについては前回も参照していただきたい)。また、昆虫は家畜のような骨もなく、外骨格、筋肉などのタンパク質と少々の脂肪組織からなる。食べられる部分は全体の重量の半分ぐらいである牛などに比べ、可食部が多く、ロスがないというのも昆虫の大きなメリットと言う。

1キロのタンパク質を生産するために必要な飼料の比較(出所:グリラス・ホームページ)
体重を1キロ増加させるために必要な水資源の比較(出所:グリラス・ホームページ)
体重あたりの温室効果ガス排出量の比較(出所:グリラス・ホームページ)

コオロギは育てやすくて味もよい

養殖に適しているのではないかとよく言われている昆虫にはミールワーム(チャイロコメノゴミムシダマシという甲虫の幼虫)、カイコ、イナゴなどもある。いずれも育つスピードが早く、その点で養殖に向く。しかし、カイコはエサとなる桑を育てる必要があり、イナゴは日本ではなじみ深い食用昆虫であるものの、実は養殖は難しいという。「そうした中で、コオロギは雑食で育てやすい。味も極めてよい昆虫で、国際的にもミールワームと共に食用に最も適した昆虫ではないかと言われている」と渡邉氏は説明する。ミールワームは、家畜の飼料などにもなる虫で海外のスナック商品も見るが、イナゴ文化がある日本ではコオロギの方が心理的抵抗感は低いだろう。

グリラス取締役会長兼CEOで徳島大学大学院社会産業理工学研究部助教の渡邉崇人氏。取材はビデオ会議システムを通して行った(写真:メレンダ千春)

徳島大学でコオロギをモデル生物として発生生物学の研究を続けてきたのにはもちろん学術的背景があるのだが、大きな理由の一つはその扱いやすさだった。「実験のモデルとしては、飼育や繁殖をさせやすかったり、扱いやすかったりすることが大切になる。昔からコオロギは爬虫類のエサとしても売られていて、入手が簡単であったことも、コオロギの研究につながった」とグリラスの取締役兼CTOで徳島大学准教授の三戸太郎氏は話す。

グリラス取締役兼CTOで徳島大学大学院社会産業理工学研究部准教授の三戸太郎氏(写真:メレンダ千春)

同大で研究を続けてきたのは、コオロギの中でもフタホシコオロギと呼ばれる種類だ(つまり、無印良品の「コオロギせんべい」に用いられているのもフタホシコオロギ)。フタホシには白目と黒目がいるが、同大のモデル生物となったのは白目。性質が穏やかであるため、喧嘩をしたり、逃げ出したりするリスクが低く管理がしやすいのだという。

食用コオロギとしては、やはり生物学分野で用いられてきたヨーロッパイエコオロギもポピュラーで、フィンランドの食品大手ファッツェルの有名な「コオロギパン」をはじめフィンランドのスナック類に使われているのはこの種類。フタホシはヨーロッパイエコオロギの1.5倍ほどの大きさだ。フィンランドの会社のヨーロッパイエコオロギと、グリラスのフタホシコオロギを食べ比べると、体が大きいからか、フタホシコオロギの方がサクっと軽い食感。気のせいか、和風の出汁のような味も感じる。ちなみに白目と黒目でも味わいが異なるらしく、「黒目の方がえぐみがあり、白目はよりあっさりとした印象」(三戸氏)だそうだ。

左はグリラスによるフリーズドライ加工したフタホシコオロギ。「熱風乾燥なども試したが、この方法が一番風味がよかった」と渡邉氏。右は、フィンランド製のヨーロッパイエコオロギのロースト。加工の具合もあるのか写真ではヨーロッパイエコオロギに比べフタホシがかなり大きいが、一般的には1.5倍ほどのサイズだという(写真:メレンダ千春)

もっとも、牛などの家畜がエサによって味が変わるように、コオロギもエサにより味が変わる。グリラスで使用しているエサは「企業秘密」だが、味を決める部分で穀類を多く与えていると聞いた。「こうすると口に入れたとき、サクサクとした食感と共にいい香りが立ち上るんです」と渡邉氏は言う。

大学の改組により三戸氏や渡邉氏の研究室が、工学部から生物資源産業学部に組み入れられたことが両氏が食用コオロギの研究を始めたきっかけ。「産業」としてのコオロギの活用を考えたわけだ。「最初は、僕らが食用コオロギの研究をやっていると表明すれば、企業が参入してくるのではと考えていた。ところが、大手企業の担当者が話を聞きに来ることはあっても、社内に持ち帰るとどこかの段階で企画はボツになった。企業はイメージが大切なので、当時は海のものとも山のものとも知れなかった食用コオロギをビジネスにするのは難しいのだと痛感した。そこで、自分たちで会社を作ろうということになったんです」(渡邉氏)。