さる2020年の秋に、食品製造の分野で、一見地味に見えるが非常に興味深いイノベーションが起きた。同年11月、幕張メッセで開催された「フードテックジャパン2020」で関西のベンチャー企業がお披露目した真空巻締機が、大きな反響を呼んでいるのだ。業界用語でシーマーと呼ばれる、食材を詰めた缶の胴の部分にフタを取り付ける缶詰の製造に欠かせない機械だが、このマシーンには常識を打ち破る世界初の機能がついていた。従来製品の3分の2に近い価格にも関わらず、初心者にも使いやすい。過疎化が進む集落や障がい者施設などで缶詰ビジネスを立ち上げることが容易になる。夢を現実にしたのは大阪・堺の町工場。そこには大人の青春ドラマがあった。

従来の常識を打ち破るシーマー(缶詰巻締機)を発表

2020年11月25日~27日、千葉の幕張メッセで食品・飲料製造の自動化・省人化を実現するための展示会「フードテックジャパン2020」が開催された。コロナ禍にも関わらず、121の企業が自社の取り組みを紹介するブースを開設。期間中、2万に近い人々が来場した。

筆者は缶詰製造のイノベーションを起こす「世界初」のお披露目があると聞き、同イベントを訪れた。会場に入ってすぐ、ひときわ目を引くオレンジ色の一角が目的地、2015年9月に京都で創業された「CANBRIGHT(カンブライト)」のブースだった。カンブライトの社長は、本サイトで4月にインタビュー記事を掲載した井上和馬さんだ。缶(can)で社会を明るく(bright)するという意味をこめた井上さんの前職は、全国規模のシステムを担当するIT技術者。そのプレゼンは「未来そのもの」だった。

「CANBRIGHT(カンブライト)」のブースにて、社長・井上和馬さん(写真撮影:筆者、以下特記を除き同じ)

銀⾊に輝くヒトのアーム型の⼈協働ロボットがオレンジ色のマシーンのガラス窓付きの扉を開ける。続いて隣接するテーブル上の缶(缶胴)にプルトップ付きのフタ(缶蓋)を載せ、マシーン中央の受け皿状のリフターに置く。扉を閉め、鍵をかけ、ボタンを押すと、左右の巻締ロールと上のチャックが伸び缶をピタッと押さえて回転を加え、缶の端とフタの端を巻き締めて接着。いつも目にする缶詰ができあがる。ロボットは再び扉を開け、缶詰を取り出しテーブルに置く。その間わずか10数秒。見ていた人たちがマスク越しに静かな歓声をあげるのがわかった。

世界初はロボットではなく、オレンジ色のマシーン「CAN MAKER(カンメーカー)」だった。缶詰製造ラインに欠かせない真空巻締機、缶詰業界ではシーマー(以下、シーマー)と呼ばれる機械で、食材を詰めた缶内部の空気を抜きながらフタを取り付け密閉状態にする。フタの付いた缶は圧力鍋と同じ。適切に加熱をして調理と殺菌を同時に行うことで、缶詰は賞味期限の長い食品となる。

中央が真空巻締機の「CAN MAKER(カンメーカー)」。缶詰業界ではシーマー(以下、シーマー)と呼ばれており、缶詰製造ラインには欠かせない

「このシーマー『CAN MAKER』には、従来の常識を打ち破る特徴が幾つもあります」と、井上さんは説明する。

一般の人にもわかりやすくすると、以下の3つになる。

①販売価格が従来の真空巻締機に比べて3分の2程度
 ②世界初のNC(数値)制御により、専門の技術者が現地にいなくても遠隔でのメンテナンスが可能
 ③直径や高さの違う缶への対応をタッチパネルで簡単に切り替え可能

従来の高品質で高性能な真空巻締機は、小型のものでも非常に高額な上に、大きさや形状の異なる缶に対応するには、熟練の作業員がまる1日がかりで設定を切り替える作業を行わねばならなかった。簡単な調整にもメーカーの技術者に来てもらう必要があった。

しかし「CAN MAKER」は、値段が割安な上に、設定の切り替えはタッチパネルを押せばよい。経験がなくても扱えるメリットが際立つ。

「弊社は地域食材のオリジナル缶詰を小ロットから製造する小さな工場を全国に作り、それをネットワーク化することで日本を隅々まで元気にしたいと動いてきました。過疎が進む地域でも、廃校などを活用して、ご当地の美味しい缶詰をつくる工場があれば、雇用も増えるし地域も潤う。既に廃校を活用した地域活性化の事例を生んでいますが、工場の数を増やすには、高性能でより入手しやすい缶詰製造システムが必要でした」

価格の安い既製品もあるが、それでは高品質の缶詰を作れない。井上さんが欲しかったのは高品質・高性能そのままに値段が安いシーマーだった。

「ずっと悩んでいましたが、以前、あるイベントで講演を依頼された際に『世界のあらゆる水問題を解決する新型のろ過装置』を開発した社長さんが自分の前に登壇していて、その工場の技術力に感心して『従来よりも割安な真空巻締機がつくれませんか?』と聞いたら『やりましょか!』と即答されたんです。そのスピード感に驚きましたが、まさかこんな夢のようなシーマーが生まれるとは想像できませんでした」

その社長とは、日本トップレベルの技術力を持ち、プラスチック金型の設計・製作・修理を行う大阪・堺の浪速工作所の谷本和考さん。早速、筆者は西へ向かった。

失敗から生まれた世界初。障がい者施設で感じた熱い思い

浪速工作所は、大阪湾に面した大阪府堺市、JR阪和線・鳳駅からバスで15分ほど内陸の工業地区にあった。出迎えた社長の谷本和考さんは気さくな人柄で、「ここから大阪の夏の風物詩、PLの花火がよう見えるんですわ」と、通路の窓を指差しながら機械が並ぶ部屋に案内してくれた。創業74年。5代目で1972年生まれの谷本さんは、幼い頃から工場に出入りして、小学校低学年にして工作機械を扱えたという。

浪速工作所の工場内観

そこには幕張メッセで見たのと同じ、オレンジ色のシーマー「CAN MAKER(カンメーカー)」があり、社員が来訪者に説明をしていた。

「初めは、缶詰の『か』の字も知らなかったんです」という谷本さんの話は、まるで青春ドラマのように痛快だった。

「カンブライトの井上社長からもらった課題は、高品質で高性能のシーマーを割安な値段で作れないか?というものでした。そうすれば、小さな缶詰工場の設立費用が従来より圧縮できて助かると。私も全国の過疎化には危機感を感じてましたし、ぜひとも役に立ちたいと思い『つくりたい』と言いました」

浪速工作所社長の谷本和考さん(右)と、谷本さんが悩んでいた時に「もっと外に出て、いろんな人に会った方がいい」とアドバイスをしたという内助の功、妻の華奈さん(左)