ミールワームという虫をご存知だろうか。爬虫類や小鳥の餌などとして飼育されてきた甲虫の幼虫である。実は今年(2021年)1月、欧州ではこれが人の食用として「安全」と正式に評価された。これを受け、欧州の昆虫食市場は今、にわかに活気を帯びてきた。4月中旬には、ミールワーム養殖事業を手掛けるフランス企業インセクトが、オランダの食用ミールワームの先端企業プロティファームを買収。事業を拡大している。そこで、ベルギーを拠点とする欧州の昆虫食関連団体IPIFF(International Platform of Insects for Food and Feed)の事務局長クリストフ・デリアン氏に同地の昆虫食の動向を聞いた。

代替肉が注目を浴びている。代替肉と言えば、現在は主に大豆を用いた植物由来の肉を指し、コロナ禍で健康志向に拍車がかかるなどで、海外だけでなく日本でも大豆ミートなどの市場が急拡大している。そうした中、欧州では今年1月、大豆以外の代替肉がメディアを沸かせることとなった。昆虫だ。

2013年に国連食糧農業機関(FAO)は、牛、豚、鶏などに代わる重要な動物性タンパク源として昆虫を挙げた報告書を発表。世界の人口の爆発的増加に対応するためのタンパク源や、牛などの飼育による環境負荷を軽減する有望な「家畜」として昆虫に注目する内容で、欧州では昆虫食の普及に向けた取り組みを着実に進めている。そうした中1月13日、欧州食品安全機関(EFSA)が、乾燥イエローミールワーム(チャイロコメノゴミムシダマシの幼虫、単にミールワームと呼ばれることも多い)に、食用昆虫として初めて「安全」のお墨付きを出したのだ。

欧州連合(EU)には、食品に関して「ノヴェルフード(新規食品)」という規定がある。これは1997年5月15日以前に、EU内で人が一定程度消費していなかった食品や食品原料のこと。新規食品に該当する場合、域内での販売は欧州委員会(EC)の認可が必要であり、場合によってはEFSAによる安全性の評価を経る必要がある。新規食品の規則は近年大幅に改定され2018年1月1日から施行されたが、以前は扱いがあいまいだった昆虫が新規食品として明記された。そのため、関係者はEFSAによる評価を、首を長くして待っていたのである。

EFSAの「安全宣言」を受けてか、今年4月半ばには、飼料用のミールワーム養殖事業を手掛けるフランス企業インセクトが、食用ミールワームの先端企業オランダのプロティファームを買収。事業を一気に拡大した。現在、ミールワーム以外にコオロギやバッタ類などECには多くの認可申請が出されている。ミールワームにお墨付きがでたことで、今後これらの昆虫の評価にもはずみがつくと期待されている。

実は昆虫を用いた食品は、すでに欧州各国で販売されている。新規食品の規則が改訂される前は、各国が独自に判断し販売を認可していたためで、移行措置としてECによる各商品の認可・不認可が決定するまでは、販売が継続できる(下の図を参照)。乾燥ミールワームを皮切りに徐々にECによる認可が下りていけば、これらの商圏も一気にEU全域に広がるというわけだ。

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EU各国の新規食品としての昆虫への対応。緑:国の担当局が、新規食品となった昆虫(丸のままや昆虫由来の食品)の経過措置を認めたEU加盟国。黄色:国の担当局が先に記した経過措置を認めたものの、条件(例:丸のままの昆虫は認めるが粉は認可しない、認可地区を限るなど)を課したEU加盟国。オレンジ:国の担当局が、経過措置を認めていない(もしくは、限定的に認めた)EU加盟国。白:作成者が立場を確認していないEU加盟国。灰色:当該国の昆虫関連食品がEU市場では認められていないEU非加盟国。紫:当該国の昆虫関連食品が、経過措置を認可するEU加盟国で販売可能なEU非加盟国(2021年1月時点。出所:IPIFFホームページ、https://ipiff.org/wp-content/uploads/2021/01/FAQs-Insects-as-Novel-Foods-in-the-European-Union-13-01-final.pdf)

食用や飼料用の昆虫関連企業などで構成される欧州の団体IPIFF(International Platform of Insects for Food and Feed)が2020年春に実施した調査によれば、欧州では、これまでに約900万人が昆虫もしくは昆虫を用いた食品を摂取しているという。日本でも、特にこの1、2年食用コオロギが大きく注目され、飼育の拡大に向けた取り組みが進み始めたが、先を行く欧州は今どのような状況にあるのか。IPIFFの事務局長クリストフ・デリアン氏に聞いた。

安全評価により拡大する見込みの欧州市場

──まずは、IPIFFについて教えてください。

クリストフ・デリアン氏(以下、敬称略):IPIFFは2012年に非公式に活動を始めた団体です。当時は欧州には食用昆虫を生産する企業はほとんどありませんでした。団体は2015年に正式に設立されましたが、当時15だったメンバーは、現在は75まで増えています(メンバーは大学や研究機関なども含む、下の図を参照)。消費者のタンパク源としての昆虫や、環境問題への関心が高まっている結果でしょう。IPIFFのメンバーには、食用だけでなく飼料用昆虫関連企業も含まれ、飼料用昆虫を手掛ける欧州企業の方が少し多いですが、食用昆虫に興味を持つ企業がどんどん増えています。

IPIFF参加メンバー数の推移(2015~2021年)。昆虫の養殖業者、関連食品の製造者のほか、大学、研究機関、関連機器の製造を手掛ける企業なども含む(提供:IPIFF)

現在、食用昆虫にかかわる企業は、多くが小規模ですが、中には、かねて動物用の昆虫由来の飼料を生産していた企業が、食用昆虫に参入するケースもあります。(インセクトが買収したプロティファームは、飼料用昆虫の大手である企業のグループ会社)。IPIFFのメンバーは、食用・飼料用昆虫の市場に早期に参入したフランス、オランダ、ドイツ、スペインの企業が目立ちますが、イタリア、オーストリア、スカンジナビア諸国、東ヨーロッパにも注目すべき企業があります。なお、当団体には、EU15カ国のほか、EU加盟国ではないスイスや英国、米国、ロシア、マレーシア、イスラエルの企業も参加しています。

昆虫食関連企業の投資額(昆虫食関連企業とは、2020年春にIPIFFが行った調査に回答したEU及び欧州自由貿易連合=EFTAの33企業。以下、いずれのグラフも同様)。横軸は全回答企業に対する各項目の割合を示す(パーセント)。縦軸のグラフが表しているのは上から下へ、50万ユーロ以下、50万~500万ユーロ、100万~500万ユーロ、500万~1000万ユーロ、2500万ユーロ以上(出所:IPIFFホームページ、https://ipiff.org/wp-content/uploads/2020/06/10-06-2020-IPIFF-edible-insects-market-factsheet.pdf、以下グラフは同)

──EFSAによる乾燥ミールワームの安全評価は市場にどのような影響を与えるでしょう。

デリアン:EFSAの安全評価により欧州市場が拡大していくことが予想されます。新聞などのメディアが以前より昆虫食に注目するようになり、今後消費者の関心は大きく高まっていくと思われます。昨春IPIFFが欧州の33企業に行った調査の結果では、2019年に500トンだった昆虫由来の商品は、2030年には26万トンにまで急増すると予想されています(下の図を参照。調査は、EUと欧州自由貿易連合加盟国=EFTAの71企業に行い33企業より回答を得た。デリアン氏によれば、回答を得た企業は欧州の昆虫食市場の85~90パーセントを担うという)。

昆虫食関連企業の生産状況と将来の展望。凡例は左上から時計回りに左下へ、乾燥昆虫(丸のままの昆虫)、粉状昆虫を用いた商品(パスタ、スナックなど)、全体の生産量、粉状昆虫及び昆虫成分。縦軸の単位は1000トン、横軸は年を表す