沖合に黒潮が流れる高知県土佐市。日本一の清流・仁淀川の河口そばにビニールハウスを構える塩杜氏(しおとうじ)・田野屋銀象さんの「GINZO-SALT」は、一流の料理人に「素材の力と可能性を最大限に引き出す、料理の引き立て役」と評価され、販売開始すぐに売り切れる人気商品だ。山の養分とミネラルたっぷりな地下海水を引き込み、石油エネルギーを使わず太陽と潮風の力だけで結晶化させる「完全天日塩」は個性的な商品企画とその味わいが特徴。プロのミュージシャンを目指した経歴を持つ銀象さんは28歳。若き塩杜氏の塩づくりに賭ける生き方を通じて、伝統的な食産業と地域の新たな展開を見る。

28歳の塩職人、田野屋銀象さんの1日は、毎日、日の出から日暮れまで塩と向き合う。2棟のビニールハウスに木箱が256箱。その全てに敷地内の地下から汲み上げた海水が入っており、銀象さんは修行をともにした妻の田野屋白鯉(はくり)さんと共同で、微妙な変化を注意深く観察しながら、ひたすら同じ作業を繰り返す。

田野屋銀象さんのビニールハウス。ハウス内には木箱が並べられ、そこに海水が入れられている(写真撮影:山本真梨子)
田野屋銀象さんのビニールハウス。ハウス内には木箱が並べられ、そこに海水が入れられている(写真撮影:山本真梨子)

銀象さんは自ら「塩杜氏(しおとうじ)」を名乗る。この肩書きを使っているのは今のところ彼のみだという。

夫婦が作っているのは、天日塩。塩は釜でつくる釜炊きなど複数の製法があるが、天日塩は基本的に天日に干す、つまり太陽の力を使って結晶化させる。

天日塩の中には、工程の一部に釜炊きを使っているケースもある。しかし、銀象さんらが採用しているのは、最初から最後まで天日のみで完成させる「完全天日塩製法」である。つまり、石油エネルギーを使わずに正真正銘、太陽の力だけで結晶化させているわけだ。

作業の内容は次の3種類のみ。①海水を混ぜる、②窓を開けたり閉めたりする(温度管理と湿度調節、空気や風の流れのコントロール。夏は70度を超えることもある)、③塩水を足す。

シンプルでありながら、それら3つの調整にはデリケートな作業が要求される。また組み合わせ方も複雑で、その加減によって大きさ、形状、食感、味わいの異なる実にさまざまな用途の塩を生むことができる。海水から出荷できる塩が育つまで最短でも3カ月はかかるという。

「自分は塩という“生き物”を育てています」と、銀象さん。3年の修行を終えて、独立準備に2年を費やした。建設したてのハウスに海水を入れて生産をスタートしたのは、2021年4月。塩を収穫し、「GINZO SALT」として商品化・発売したのは、7月16日のこと。販売開始すぐ、「GINZO SALT」を使う東京や大阪の星つきレストランの料理人が現れて弾みがついた。

銀象さんらは「GINZO SALT」のほか、料理人たちからのリクエストを聞いてオーダーメイドの塩も生産している。その種類は、早くも100を超えている。

「同じ和牛でも部位や調理法によって合う塩が違う。魚や野菜も同様。何にでも合う塩はない。しかし、好みの塩と出会うのは難しい。それを合わせてあげるのが塩杜氏であるぼくの仕事。自分たちで始めてみて、喜び、忙しさ、大変さも予想以上だが、お客さまに喜ばれるよう、進化を続けていきたい」

田野屋銀象さん(写真撮影:山本真梨子)
田野屋銀象さん(写真撮影:山本真梨子)