痩せたい。筋力をつけたい。血圧を下げたい。もっと早く走れるようになりたい……。誰もがひとつやふたつは持っている、体に関する願い。その願いを、3週間の食事で叶えるための新技術が登場した。ベンチャー企業のウェルナスが開発する、食の個別最適化サービス「Newtrish(ニュートリッシュ)」だ。サービスの本格開始時期は来年(2023年)の予定で、まだ実証実験中ではあるが「その効果はほぼ100%」と開発者が自負。これまでの栄養の常識を覆す可能性を秘めた、AIによる次世代の食と健康のあり方に迫る。

平均値ではなく、一人ひとりに必要な栄養提案を

体重や体の健康が気になるとき、多くの人が目を向けるのが食事、栄養の改善だ。ダイエットなら、カロリーを減らしたり、炭水化物を控えたり。健康を意識して、体によいとされる食品やサプリメントを摂ったことがある人も多いだろう。

しかし、こうしたこれまでのアプローチとは全く異なる方法で、食による体や健康の改善を提供する技術を開発したのが、ウェルナス代表取締役の小山正浩さん(農学博士)と、信州大学学術研究院農学系准教授の中村浩蔵さん(工学博士)だ。ウェルナスは同大学の農学の研究成果を社会に役立てるべく、2017年に事業をスタートさせた。

「これまで必要な栄養素といえば、国が示す『日本人の食事摂取基準』のような一般的なデータや、平均値を基準とするのが主流でした。ですが、体型や体質は一人ひとり違い、平均を目指すことが必ずしもよいとは限らない。実際、我々の研究でも、画一的な栄養摂取基準や平均データに基づく栄養摂取では、万人に同様の効果をもたらすことは不可能であるとの結論に至っています」(中村さん)

栄養、食事の提案はもっとパーソナルであるべきだ。このような思いで開発されたサービスが「Newtrish(ニュートリッシュ)」である。NewtrishはAI(人工知能)がその人の目標達成に必要な栄養素を解析し、個別に最適化された食事の提案を行う。

同社が実施したサービスの実証実験では、興味深い結果が出ている。一般的に、血圧が高い人に塩分はよくないとされているが、特定の対象者においては「塩分を摂ったほうが改善する」とAIが解析したのだ。実際、このケースでは該当者に塩分を減らさないAI食を摂ってもらったところ、見事、血圧降下に成功したという。もちろん、塩分の取りすぎはよくないので、適塩になるように配慮をしている。

「その人に効く栄養素は個別に違う。平均値や一般論では必ずしも改善をのぞめないことを立証できました」(小山さん)

ウェルナス代表取締役の小山正浩さん(農学博士、左)と、信州大学学術研究院農学系准教授の中村浩蔵さん(工学博士、右)(写真提供:ウェルナス)
ウェルナス代表取締役の小山正浩さん(農学博士、左)と、信州大学学術研究院農学系准教授の中村浩蔵さん(工学博士、右)(写真提供:ウェルナス)

AI食による血圧降下は、90%以上の成功率

この血圧降下の実証実験では、3週間、AIに提案された食事を取ってもらった結果、13人中12人の血圧が見事に下がった。果たしてどのような根拠で、AIは食事の提案を行ったのか。

「実証実験ではまず、3週間ほど対象者には毎日食事の記録と血圧の測定を行ってもらいます。このデータをAIに解析させ、ひとりずつ個別に血圧を下げるのに有効な栄養素を分析。この結果を踏まえて、AIに食事提案をさせ、その食事を摂ってもらいました」(小山さん)

その時の解析結果がこの図である。

13名のデータ解析結果。血圧降下には「減塩」が必須と言われるが、塩分が改善因子となる人もいた(画像提供:ウェルナス)
13名のデータ解析結果。血圧降下には「減塩」が必須と言われるが、塩分が改善因子となる人もいた(画像提供:ウェルナス)

赤で示された栄養素は、その人にとっての改悪因子。緑の栄養素は改善因子である。これを見ると、一般に血圧にはよくないとされる塩分を表す「Na」は、全員が赤ではない。例えばBさんのNaは緑で、むしろ塩分は血圧改善因子であるという結果だ。

このBさんは改善因子である塩分を減らさず、他の改悪因子を減らす食事を摂取することで血圧を下げることに成功した。

「当初は、我々もデータを個別ではなく全体の傾向だけで分析していました。しかし、それでは効果を出せなかった。個別で対応したとたん結果が出てくるのを見て、食の提案は一人ひとりの改善・改悪因子に合わせた形でないと意味がないと実感したのです」(中村さん)

食事のクオリティを下げずに、健康目標を達成させる

NewtrishのAI食がユニークなところは、改悪因子であっても画一的な排除をしないことだ。

「いくら塩分が血圧にはよくないといっても、減塩しすぎると味が物足りなくなる。食の楽しさが失われるのはよくないので、たとえばCさんの場合は、塩分は改悪因子ですが、まずは他の改悪因子であるビタミンB1などを減らし、改善因子である鉄分やビタミンEは積極的に摂る提案をAIが行います。結果、塩分を減らさなくても、他の人と同じように血圧を下げることができました」(小山さん)

Newtrishでは血圧だけでなく、ダイエットやスポーツのタイム、肌年齢など、目標を数値化し計測することさえできれば対応可能な設計だ。実証実験では、どの目標であっても、改善因子を増やし、改悪因子を減らすAI食メニューを一定期間摂ることで、ほぼ確実に結果を出せたという。

「効果が現れなかったのは、AI食をきちんととれなかったケースのみ。体は食べたものに対して本当に正直です。個別に必要な栄養素さえ摂れば、ちゃんと結果は出ます」(中村さん)

 Newtrishによる実証例。体重や水泳のタイム、持久力、体感骨格筋量などさまざまな健康目標で効果を確かめてきた(画像提供:ウェルナス)
Newtrishによる実証例。体重や水泳のタイム、持久力、体感骨格筋量などさまざまな健康目標で効果を確かめてきた(画像提供:ウェルナス)