健康保険証といえば、被保険者が保険に加入していることを証明する1枚のカードである。台湾では病院にかかる場合、健康保険証を毎回持っていく必要がある。保険証が全ての病院の診察券代わりとなるだけでなく、薬局の処方箋代わりにもなるからだ。ただ、それに限らず、台湾では病院以外でも健康保険証が様々な場面で活用されている。コロナ禍で世界から注目を集めたマスク販売方法や、経済対策のために発行される振興券の受け取りなどにも活用されている。日本でもマイナンバーカードの活用法が模索されている中で、台湾の健康保険証の活用法から学べることはないだろうか。現地在住リサーチャーがレポートする。

健康保険証のシステムを通じて実現した「マスクの実名制販売」

2020年2月、台湾のコンビニやスーパー、ドラッグストアなどから、使い捨てマスクが姿を消した。新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、台湾当局がマスクの実名制販売を開始したためである。「口罩實名制1.0(マスクの実名制販売)」と呼ばれるこのシステムは、当局が台湾で生産されたマスクを買い上げ、それを「健保特約薬局」という当局から承認を受けた薬局にて販売することで人々に過不足なくマスクを提供するというものだ。実名制販売を開始した直後は、マスクの販売時間を待つ人が長時間列をつくり、販売を開始してもすぐに売り切れてしまうといった問題があり国民から不満が寄せられていたが、マスクの供給が安定し始めると不満の声は次第に薄れていった。

現在は健康保険証を薬局で提示することにより、14日間で9枚のマスクを受け取ることができる(筆者撮影、以下同)

この台湾当局のマスクに関する話題といえば、天才IT大臣とも称された唐鳳(オードリー・タン)政務委員がエンジニアらと協力し、ものの数日でマスクの在庫管理ができるアプリケーションを開発したことが記憶に新しい。マスクの実名制販売は、このアプリケーションを提供することで人々の間に不公平が生まれない配慮をして策定された制度である。国民をはじめ、台湾に暮らして健康保険料を納めている人なら誰もが所持している健康保険証を利用するシステムで、健康保険証を持って薬局へ行くと、薬剤師が健康保険証を端末にセットし、本人確認をした上で袋入りのマスクを手渡ししてくれるというものだ。この仕組みにより買い占め問題などがなくなり、国民にマスクが配布されるとともに、当局でも各地の在庫管理ができるようになった。

健康保険証×デジタルで無駄のない医療サービスシステムを実現

台湾では、健康保険証には名前、生年月日とIDナンバーが記載されているほか、個人の資料を格納したICチップが埋め込まれている。IDナンバーには個人の基本的な情報や病歴、服薬の履歴などが紐づけられており、カードリーダーを使用してICチップを読み取ると、クラウド上に記録されている個人の情報にアクセス・閲覧できるようになっている。これにより、患者は診察の予約や診察当日の受付、薬局での処方箋のやり取りなどを健康保険証1枚で行うことができるようになっている。街の小さな診療所でも、大病院でも、歯科医でも、中医と呼ばれる中国の伝統的医学の病院でも、健康保険証を提示して診療を受けるのは変わらない。このカード1枚が、全ての病院の診察券と処方箋の役割をこなしてくれるのである。

病院の受付では、健康保険証の提示を必ず求められる

台湾では、2013年から「健保醫療資訊雲端e點通創新應用」という医療情報クラウド共有システムの導入が実施され、患者の服薬情報、検査内容などの情報が健康保険証を通して医療クラウドシステム上に記録されるようになった。2013年の開始段階では服薬に関する記録のみだったが、その後、検査に関する様々な項目や予防接種の記録など、徐々に機能が増えていったようだ。これらの情報をクラウドで共有することにより、医師が患者に重複して検査や服薬の指示をすることがなくなり、医療の無駄を省くことに成功したのである。

日本でいう厚生労働省に当たる「台湾衛生福利部」の資料によると、このシステムが導入された2013年から2019年の間で削減に成功したと見られる薬費支出は推定74億台湾ドル(約270億円)、検査費用支出は26億台湾ドル(約95億円)にものぼるという(なお、CTやMRTなどの検査結果がクラウドで共有されるようになったのは2018年からである)。

台湾の医療水準は非常に高く、アメリカの経済誌『CEOWORLD』が2019年に発表した世界89の国・地域のヘルスケアシステムのランキングや、世界各都市の様々な数字を数値化している「NUMBEO」が2020年に発表した「ヘルスケアインデックス」で、ランキングのトップを飾っている。こうした結果を生み出すに至った最大の理由はもちろん医師や看護師などの医療従事者であるだろうが、医療従事者の仕事を効率化すべく開発された医療情報クラウド共有システムなどのデジタル技術も、ランキングトップの結果を生み出すのに一役買っているのは疑いのないことだろう。