中国古代思想の調和を重んじる文化が根付く香港では、食生活においても肉、野菜、魚をバランス良く食べることが健康的であるとされている。一方で、欧米文化が身近であることからビーガン食文化の流入は早かったが、香港でビーガンを支持する層は海外経験のある人や欧米からの在住者に留まっていた。しかし、新型コロナウイルスの影響で市民全体の健康への意識が高まったことで、いま香港ではビーガン市場の拡大が急速に進んでいる。現地在住リサーチャーが香港の最新ビーガン事情をレポートする。

プラントベース食品、コロナ禍で大躍進

「食咗飯未呀?(もうご飯を食べた?)」が、日常で頻繁に使われる挨拶になるほど、食への飽くなき好奇心と強い情熱を抱いているのが香港人。

漢方医学や風水など、陰陽の調和を大切にする中国古代思想「易経」の考え方が生活に根付いているため、伝統の食生活はバランスがとれており健康的。肉も海鮮も、野菜と一緒に大いに楽しむのが元来の食生活である香港だが、一方で元英国領ということもあり、欧米文化の流入が早い。1990年代に草分けとなるベジタリアンレストランが登場して以来、ベジタリアンやビーガンはニッチなマーケットとして、健康意識の高い、主に欧米人在住者や海外からの帰国者などの層から常に一定の支持を受け、数軒の人気レストランが存在していたものの、主流にはなり得ないと思われていた。

香港でそんな流れが大きく変わり始めたのが2018年頃。健康意識と共に、環境意識が着実に高まったことが、食生活にも影響を与え始めた。特に健康志向をうたっていないレストランでも顧客からの要望が強まり、ベジタリアンやビーガン対応の料理をメニューに加えるようになる。2019年初めには香港のトップフレンチレストラン「Amber」が、デイリーフリー(乳製品不使用)に切り替えたことで話題になった。

そして決定的な変化をもたらしたのが、2020年1月末に感染が広がり始めた新型コロナウイルスだ。何よりも大切なことは健康であるという価値観や、先の見えない状態の中、免疫力を高めておかなければという自覚が強く生まれた。

もちろん、ベジタリアンやビーガン対応料理の質が飛躍的に向上したことも要因で、「健康や環境、動物愛護のために、味は物足りなくても我慢する」という状態ではなくなり、「特にこれがベジタリアンやビーガンだと意識させられない」レベルの料理が増えたことも、味にうるさい香港人を納得させるのには大切だった。デリバリー最大手の「Deliveroo HK」は、2020年5月時点で、ビーガンメニュー注文数が前年比104%増、ビーガンメニューを扱うパートナー数は80軒から266軒と、実に約3.3倍と激増したと発表している。

フードデリバリー大手のFoodpandaがビーガンとプラントベースを扱うパートナーを紹介するポスターが街角に貼られている。ビーガン需要の高まりを感じさせる(写真:甲斐美也子)

香港の特徴として、「日頃は肉や海鮮を楽しむが、週一回ベジタリアンになる」など、柔軟に食生活を変化させる「フレキシタリアン」が24%にも及ぶという背景がある(Green Monday “Hong Kong Vegetarian Habit Survey” 2014~2018年)。

その傾向を後押しした立て役者が、前述のフレキシタリアンに関する調査を行ったGreen Monday社創業者の香港人実業家David Yeung氏。「毎週月曜日は肉を食べない日にしよう」という「グリーン・マンデー」を香港で積極的に提唱し、世界中から厳選されたビーガン対応の食品や化粧品、日用品を扱う専門店とビーガンカフェをオフィス街の一等地や住宅街のショッピングモールに展開。ビーガンへの認知度を高めることに貢献した。

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(左)一流企業が集まるオフィス街にあるビーガンカフェ「Kind Kitchen」は、常に近隣で勤める会社員や家族連れで賑わう。サラダ、餃子、パスタ、ラーメンなど気軽に食べられるメニューをすべてビーガンで作っている(写真:甲斐美也子)。(右)Green Monday社のショップ「Green Common」。世界中から厳選された食品の他に、化粧品や日用品もあり。最近ではオンラインショップの人気も高まっている(写真:甲斐美也子)
長年のベジタリアンであるポール・マッカートニーが最初に提唱した「グリーン・マンデー」を香港で広めたGreen Monday社創業者のDavid Yeung氏は、プラントベースの豚代替食品「オムニポーク」考案者でもある(写真:甲斐美也子)

オムニポークの誕生

そしてこのDavid Yeung氏こそが、香港で生まれ、アジア各地で急激に勢いを増しているプラントベース豚代替食品「オムニポーク」の考案者だ。20年以上の在米生活中に畜産業がもたらす環境破壊への懸念からベジタリアンになったDavid Yeung氏は、香港に戻ってから食生活に苦労したことがきっかけとなり、2012年にプラントベース豚代替食品の開発を決意する。

2014年からカナダの食品化学研究所との共同開発を開始して、2017年に香港での発売にこぎ着けた。日本では「オムニミート」と名前を変えて、2020年5月から発売されている。

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「オムニポーク」(広東語では新猪肉=新しい豚肉)のパッケージ。栄養価の説明や取り扱い方法が分かりやすく書かれている。挽肉230gで38香港ドル(約510円)。現在は一般のスーパーでも幅広く販売されている(写真:甲斐美也子)

「アジアの食生活に影響を与えたいと考えた時、世界的には食肉消費量の約4割ながらアジアでは6割にも達する豚肉に替わるプラントベース食品が必要だと考えた」とヤン氏。最近では世界中でチキン、卵、サーモンなど、多彩なプラントベース代替食品が開発されているが、当時は、主に米国発のビーフの代替食品のみだった。

気軽に使えて栄養価は豚肉を上回る

オムニポーク開発時にDavid Yeung氏がこだわったのは、第一に、特別な調理法や下ごしらえなどが必要なく、普通の豚肉と同様に扱えること。炒める、蒸す、揚げるなど、様々な調理法で豚肉に近い風味や食感、香りを保つように実験を繰り返したという。

第二のこだわりは、豚肉より栄養価が高いこと。非遺伝子組み換え大豆、シイタケ、米、サトウキビなどを主な原料とし、コレステロール値0、豚肉と比較してカロリー66%減、飽和脂肪酸86%減、カルシウム260%増、鉄分127%増。ホルモン剤や抗生物質は未使用で、豚肉には含まれない植物繊維を100gにつき4.5%含有させているほか、研究開発中に動物実験は一切行われていない。

外食産業ではまず、「Four Seasons Hotel Hong Kong」や「Grand Hyatt Hong Kong」などの最高級ホテルにある、舌が肥えて健康意識の高く、新しい食のスタイルに興味を持つ顧客を多数抱えるミシュラン二つ星、三つ星レベルの広東料理店で食材として使用されるようになり、「豚挽肉を元々使う料理であれば、ほぼ遜色なく使用できる」とのシェフからのフィードバックもあった。

12年連続ミシュラン三つ星に輝くFour Seasons Hotel Hong Kongの「龍景軒」では、オムニポークをレンコンとキノコと一緒にすり身にしてから、レンコンの輪切りに載せて炒めた料理「香煎素豚肉蓮藕餅」を開発。4個で200香港ドル(約2700円)(写真:甲斐美也子)

「コロナ禍で健康意識が高まり、在宅勤務が増えたり、レストランの営業規制もあって自炊する人が増えたりしたことも影響して、オンライン販売量は2020年5月時点で前年同月比2倍増となった」とGreen Monday社広報のDorothy Ma氏。