ナポリの伝統的で有名な習慣として「カフェ・ソスペーゾ(保留されたコーヒー)」がある。第二次世界大戦下、バールなどで人は喜んで2杯分のコーヒー代金を払っていたという。1杯分は自分用に、もう1杯分は後からやって来る誰かのために。そして、そのコーヒーは金銭的に余裕のない誰かがやって来るまで、“保留”される。つまり、「カフェ・ソスペーゾ」こと「保留されたコーヒー」の伝統は人間らしさや思いやり、そして信じがたいほどの愛情で成り立っており、私たちが決して忘れてはならない気持ちのシンボルなのだ。そして現在、「カフェ・ソスペーゾ」の伝統はナポリだけでなく、イタリア全土やヨーロッパ、アメリカの一部の地域でも取り入れられており、コーヒー以外にも拡大している。2020年以降、コロナ禍で生まれたイタリアらしい助け合いの文化の姿を、現地生活者の視点でレポートする。

カフェ・ソスペーゾ(保留されたコーヒー)のイメージ(写真提供:奥本美香)
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カフェ・ソスペーゾ(保留されたコーヒー)のイメージ(写真提供:奥本美香)

コーヒー以外にも広がりを見せる、あたたかな“保留”のかたち

例えば、イタリア南部では一部のピザ屋にて「ピザ・ソスペーザ(ピザの保留)」が実践されており、マルゲリータ2枚分の費用を支払うことで、もう1枚のピザは生活困窮者へ提供されている。それ以外にも、シチリアにあるメッシーナという街では、「パーネ・ソスペーゾ(パンの保留)」が誕生。客は購入したパンを専用のカゴに入れて寄付するようになっており、そのパンは店にやって来る生活困窮者へと配布される。

イタリアの若者の間でもっとも人気を呼んだのは、「リブロ・ソスペーゾ(本の保留)」だ。近年、イタリアでは若者の読書離れが著しいことから、SNS上で誕生し、サレルノ県ポッラ市にある書店から始まった。自分が一番好きな本、または何らかのかたちで人生に影響を与えた本を購入し、後でこの本を手にするであろう誰かのために、サインや一言を添えてレジに置いておくというものだ。これがすぐに話題となり、イタリア全土の書店へと広がった。

コロナ禍で生まれた「スペーザ・ソスペーザ(買い物の保留)」

イタリアでは2020年4月以降、新型コロナウイルス拡大により非常に厳しいロックダウンが行われた。2021年現在では緩和されているものの、半ロックダウン下での生活は続いている。この緊急事態によって貧困者を支援する無料食堂の停止や、バールやレストラン、ピザ屋が閉店することで、生活困窮者に食事が寄付される機会が奪われている可能性は否定できない。

また、慈善団体Caritas Italianaが2020年5月から9月にかけて実施した「イタリアの貧困と社会的排除に関する報告書」によると、2019年の同時期と比較して、助けを求めなければならないほど困難な状態、または経済的に困窮した状態を初めて経験した人々の発生率が31%から45%へと上昇したとある。コロナウイルス感染を阻止するための緊急措置が数々の生産活動を妨害し、多くの人が深刻な経済問題に直面しているのだ。

そんな状況下で、もっとも注目されているのが「スペーザ・ソスペーザ(買い物の保留)」だ。参加方法は極めてシンプルで、人々はこの活動に参加しているスーパーで食品を購入し、会計を済ませてレジを出たら設置されている専用の箱の中に商品を入れておくだけでよい。主に缶詰、オリーブオイル、豆類、離乳食、パスタ、米といった乾燥食品や保存食がメインとなっているが、食品だけでなく歯ブラシやティッシュなどの生活必需品も寄付の対象となっている。

大手スーパーEsselungaのスペーザ・ソスペーザのアイコンと店内で寄付された商品(写真提供:Esselunga)
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大手スーパーEsselungaのスペーザ・ソスペーザのアイコンと店内で寄付された商品(写真提供:Esselunga)
大手スーパーCoop Centro Italiaのスペーザ・ソスペーザの回収スペースの様子(写真提供:Coop Centro Italia)
大手スーパーCoop Centro Italiaのスペーザ・ソスペーザの回収スペースの様子(写真提供:Coop Centro Italia)
大手スーパーCoop Centro Italiaのスペーザ・ソスペーザに寄付する人や笑顔のスタッフ(写真提供:Coop Centro Italia)
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大手スーパーCoop Centro Italiaのスペーザ・ソスペーザに寄付する人や笑顔のスタッフ(写真提供:Coop Centro Italia)

イタリアには無数の慈善団体が存在するが、その中でもっとも大きな団体がCaritas Italianaと呼ばれるカトリック教会の社会福祉、人道支援、救援活動のための組織である。大抵の場合、この団体が販売店で集められた商品を収集し、生活困窮者へと直接配布する仕組みになっている。