「マレーシア人は、毎日平均1キロの食べ物を捨てています」。2018年12月、農業見本市に出席したワン・アジザ副首相(当時)は食品廃棄の問題に言及。そして、翌19年初めから「フードバンク・マレーシア・プログラム」を始める計画を明らかにした。「フードバンク」は、品質の上では問題ないにもかかわらず、規格外や包装の破損が理由で廃棄されている食品を引き取って、施設や個人に無償で提供する活動だ。マレーシアでは非営利団体や州政府レベルで取り組んできた活動に政府も乗り出すこととなった。背景には、ごみ問題や低所得層の貧困、食料自給率問題などのマレーシアが抱える社会的課題がある。マレーシア政府が推進するフードバンク活動について、現地リサーチャーがレポートする。

祝い事には大勢で集まりごちそうを振る舞うマレーシア文化

熱帯の豊かな植生に恵まれたマレーシアで、祝い事に欠かせないのは食べものだ。マレー系、中国系、インド系、オラン・アスリ(先住民族)などが暮らす多民族社会では、宗教や伝統行事にまつわる祭日が多い。「お正月」も、西暦の新年、中国正月(旧暦)、イスラム暦新年、ヒンドゥー正月「ディーパヴァリ(ディワリ)」と、主だったものだけで4回もある。

中国正月の時期には縁起の良い赤や金色で装飾された食品・飲料の贈答品セットがよく売れる(写真提供:森 純)
中国正月の時期には縁起の良い赤や金色で装飾された食品・飲料の贈答品セットがよく売れる(写真提供:森 純)

イスラムの断食(ラマダン)明けや犠牲祭、キリスト教のイースターやクリスマスなどの民族を超えて祝う行事でもごちそうが振る舞われ、贈答品がやりとりされる。西暦新年や中国正月(旧正月)、断食月明けには「オープンハウス」といわれる自宅で来客をもてなす習慣がある。王宮や首相官邸、知事公邸なども公開され、訪れた市民にあいさつし、飲み物や軽食が振る舞われる。

イスラム教徒(ムスリム)にとっての最重要行事は断食(ラマダン)明け。この時期には、お菓子や飲料の詰め合わせを贈り合う習慣がある(写真提供:森 純)
イスラム教徒(ムスリム)にとっての最重要行事は断食(ラマダン)明け。この時期には、お菓子や飲料の詰め合わせを贈り合う習慣がある(写真提供:森 純)
中秋節は中国系の人びとにとって重要な節句で、日本のお盆に当たる。大量の食品を集めた先祖への供物には「豊衣足食」の字が見られる(写真提供:森 純)
中秋節は中国系の人びとにとって重要な節句で、日本のお盆に当たる。大量の食品を集めた先祖への供物には「豊衣足食」の字が見られる(写真提供:森 純)

ムスリムにとっての最重要行事「ラマダン」と食品廃棄問題

食べきれないほどのごちそうを用意して歓待する結果、マレーシアの食品廃棄は企業よりも家庭からの量が多い。家庭ごみでもっとも多いのは食品で、およそ45%を占めるという。

ごみの削減とリサイクルを呼びかける広報ポスター。家庭ごみの内容を説明している(写真提供:森 純)
ごみの削減とリサイクルを呼びかける広報ポスター。家庭ごみの内容を説明している(写真提供:森 純)

ムスリムが日中の飲食を断つラマダン期間は、特に食品の廃棄が多い。つらい断食を終えた日没後には、多くの店が軒を連ねるラマダン・バザールが大変賑わいを見せる。親しい間柄では夕食を共にする習慣から多めに食事を用意する上、客も果物やお菓子を手土産にする。そこで、余った飲食物の多くが捨てられているのが実情だ。通年24~36℃前後の熱帯気候であるマレーシアでは、食品の腐敗が早いことも影響している。

断食月のラマダン・バザール。日没後の断食明けを待ってずらりと飲食屋台が立ち並ぶ(写真提供:森 純)
断食月のラマダン・バザール。日没後の断食明けを待ってずらりと飲食屋台が立ち並ぶ(写真提供:森 純)
道路脇などに立つ果物屋台には、地元産・輸入品を含めて一年中豊富な果物が並ぶ(左)。熱帯果物のチェンペダ(右)。店頭に豊富な果物が並ぶ裏で、売れ残って傷んでしまったものが廃棄される現実がある(写真提供:森 純)
[画像のクリックで拡大表示]
道路脇などに立つ果物屋台には、地元産・輸入品を含めて一年中豊富な果物が並ぶ(左)。熱帯果物のチェンペダ(右)。店頭に豊富な果物が並ぶ裏で、売れ残って傷んでしまったものが廃棄される現実がある(写真提供:森 純)

環境問題に取り組むペナン消費者協会によると、ラマダン中は食品廃棄が15~20%増加し、2018年のラマダンには一日2万88トンが廃棄されたという(出所:New Straits Times, April 22,2021)。バザールの屋台の多くは個人の出店で業務用の冷蔵庫を持っておらず、作り置きの惣菜は傷みやすいことや、過当競争により販売する量よりも多くの料理を作りがちなことなどが食品廃棄を増加させている要因だ。この時期にホテルやレストランで行われるラマダン・ビュッフェも同様だ。

SDGsでフードロス削減の関心が高まる

ごみ問題は年々深刻になっている。自治体の処理費用の負担が膨らんでおり、このままでは埋立地が確保できなくなる可能性も出てきている。特に人口が急増する首都圏では、ごみの削減が喫緊の課題となっている。政府や自治体もごみの分別収集を始めたり、リサイクルを呼びかけたりしているが、まだまだ個人の意識差が大きく、広く定着したとは言い難い。

クアラルンプール市内のごみ捨て場(左)。収集日は決まっているが、分別されていないことも多い。集合住宅などに設けられた資源回収用のスペース(右)。紙類・プラスチック・その他に分けられている(写真提供:森 純)
[画像のクリックで拡大表示]
クアラルンプール市内のごみ捨て場(左)。収集日は決まっているが、分別されていないことも多い。集合住宅などに設けられた資源回収用のスペース(右)。紙類・プラスチック・その他に分けられている(写真提供:森 純)
ショッピングセンターなどでは種別ごとに資源を回収する容器が増えてきた(左)。首都圏のごみ収集を受託している業者の車(右)。受け持ち地域の資源回収用スペースを巡回する(写真提供:森 純)
[画像のクリックで拡大表示]
ショッピングセンターなどでは種別ごとに資源を回収する容器が増えてきた(左)。首都圏のごみ収集を受託している業者の車(右)。受け持ち地域の資源回収用スペースを巡回する(写真提供:森 純)

2015年に国連サミットで採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」における目標12「持続可能な生産消費形態を確保する」の中には、「2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ、収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食品ロスを減少させる」というターゲットが設定されている。国際的な共通課題として認知されたことも、マレーシアにおける食品廃棄削減に向けた取り組みの追い風になっている。

20年間で5倍に増えた食料輸入が財政の負担に

マレーシアにおける食品廃棄の削減は、食料の供給面からも取り組む理由がある。マレーシアは主食の米の自給率が約7割で、残りをタイやベトナム、インドなどから輸入している。もし自然災害や外交問題で供給国からの輸出が抑制されれば、主食さえ不足する可能性があるのだ(実際、今回のウイルス禍で米の輸出が一時停止され、新たな輸入元を探す事態も起きた)。

また、為替レートの変動も不安要素だ。通貨リンギットが米ドルに対して弱くなれば、輸出国への支払額は膨らむ。食料の輸入額は増加の一途をたどっており、1998~2017年の間に5倍近くになった(出所:The Edge Malaysia, November 21, 2019)。2018年の輸入額は520億リンギット(約1兆385億円)を超えている。

「需要の高い産品の単一栽培に頼るのではなく、国内向けの農産物をもっと栽培しよう」。2019年、マハティール首相(当時)はこう農家に呼びかけた。食料輸入が多い理由のひとつは、農地がイギリス統治時代に拓かれたゴムや果物の大農園に偏っていることにある。穀物や野菜の自給率が上がれば、食料の輸入額は抑えられるはずだ。フードバンク活動が注目を集めるようになった背景には、食品を有効に活用したい切実な事情がある。