地元の小学生にも米作り、酒作りを体験してもらう

しかし、こうした海外での高い評価より、脇坂さんにとって何よりうれしかったのは、ねっかの出荷量全体のうち約6割を只見町で占めていることだという。

「只見町の人口は約4200人で、お酒を飲む人はその半分の2000人ほどでしょう。だいたい渋谷のスクランブル交差点のまわりにいる人の数と同じです(笑)。また、只見町では自分で飲むためだけでなく、贈り物やお土産用に買ってくれる人も多いのが特徴です。海外で賞を取ったおかげもあって、町の人たちが自信を持って勧めることのできる地元の特産品になれたのです」と脇坂さんは言う。

地元の米で地元の酒を作るということにこだわるねっか奥会津蒸留所では、地域活性化のためのさまざまな活動にも取り組んでいる。そのひとつ、『9年貯蔵! 只見町小学5年生の焼酎』というのは、地元の小学5年生に米作りを体験してもらい、その米で作った焼酎を成人式の日にプレゼントするという企画である。

その酒はまだ蔵の中で熟成している最中だが、参加者の中からは「将来、ねっかで働きたい」と相談を持ちかけてくる子どももいるという。また、2011年の新潟・福島豪雨で寸断されたJR只見線復旧のためには、スペシャルバージョンの焼酎「ねっか只見線ラベル」を販売し、その売上金の一部を只見町に寄付している。このほか、食の安全や環境保全に取り組む農場に与えられるJGAPの認証を受けたり、製造中に出る廃棄物を少しでも削減するため、日立製作所の研究開発グループとともに焼酎の絞り糟を利用した発電の研究も進めている。

こうした地産地消、地域貢献、そして将来への継承という明確なビジネススタイルは高く評価され、2019年11月、ねっか奥会津蒸留所は、復興庁による「『新しい東北』復興ビジネスコンテスト」において、最高賞である大賞を受賞することにもなったのである。

美しい田園風景と人々の想いを次世代につなぐ

ねっか奥会津蒸留所の役員のひとり、山内征久さんが経営する農場は、昨年春から地元只見町出身で仙台の専門学校を卒業したばかりの若い女性を新規に採用した。春から秋までは農業に従事し、冬の間は蒸留所で働いている。この就業スタイルは、ある意味、昔ながらの杜氏たちと変わらないものだが、それが出稼ぎに出ることもなく、地元で通年暮らしながら実現できているのだ。

酒米を蒸し上げた後、均一に広げて適温まで冷ます作業。この後に麹と合わせ発酵させる
「仕事があって、故郷に戻ることができて嬉しい」。にこやかに語りながら力仕事や緻密な作業を次々とこなしていく
ねっか蒸溜所テイスティングルームのエントランスには只見町出身のアーティスト、Rio.Nakanoさんの自筆作品が描かれている。瓶のラベルやポスターなども彼の作品だ

このほか、ねっか奥会津蒸留所の従業員には、酒造りの仕事がしたくてよその土地から移住してきた若者もいる。決して数は多くないが、将来を担う世代が地方の小さな蒸留所のまわりに集まり始めているのだ。

「ねっか」というのは奥会津地方の方言で、「さすけねぇ(差し支えない)」という言葉の前にだけに付いて、その意味を強調する。つまり「ねっか、さすけねぇ」で、「まったくかまわないよ、さぁどうぞ」といった肯定的なニュアンスになるのだ。それはまさに肉でも魚でも、どんな料理にも合う米焼酎にぴったりのネーミングといえる。

また、「ねっか」という言葉の響きからは日本を代表するウイスキーを連想する人もいるだろう。それは脇坂さんたちが最も好きなウイスキーであり、いつの日か自分たちが作る米焼酎も、それに負けないくらい有名になってほしいという密かな夢も込められているのである。