物理セキュリティの最後の砦となる“鍵”。それは、そもそも許可された人物しか持ち得ない、信頼の証である。ただ、錠前を取り付ける対象が多様化し、それを開ける鍵の受け渡しが極めて手軽になると、生活空間の作り方が変わってくる。そのプラットフォームがスマートロックだ。新しい経済圏をもたらす可能性もある。

都会で忙しく働く一人暮らしの女性。オフィスで仕事をしているとスマホに「今日はママの誕生日だから、パパとママ2人であなたの部屋に遊びに行くよ」と突然のメッセージが飛んできた。だが、部屋は汚れっぱなし。もちろん母親へのプレゼントも用意していない。「私がいない間に、誰か部屋を掃除して、プレゼントを用意しておいてくれないかしら…」。

2017年10月、米Amazon.comがサービスを開始した「Amazon Key」の紹介ビデオは、こんなストーリーで始まる。Amazon Keyはスマートロックとクラウド接続の監視カメラを組み合わせ、本人が不在の間に家事を代行したり、荷物を受け取ったりしてくれるサービス。紹介ビデオでは、くだんの女性がこのサービスを利用し、両親と一緒に食事をして帰宅すると部屋がキレイに片付けられ、玄関の内側にプレゼントが届いている様が描かれている。

Amazon Keyで不在時の家事代行サービスを利用し、終了報告を受けるイメージ(Amazon.comの紹介ビデオより)

これを実現するうえでは、当然、本人が立ち会わないまま、業者が家の“中”に入ることになる。そこに欠かせないのが「スマートロック」である。スマートロックはこれまで入ることのできなかった世界への扉を開く、次世代の認証システムだ。セキュリティの面から特定の時間、特定の場所に自分がいてこそ初めて成立していたサービスが、そこにいなくても受けられるようになる。

Amazon Keyの流れで言えば、こうだ。まず、家の前に到着した配達員が、荷物のバーコードをスキャン。すると、インターネットにつながっている玄関の鍵(スマートロック)が解錠され、室内のクラウドカメラの録画が始まる。配達員はカメラに監視されながらドアを開け、荷物を置き、家から出る。

不在時に知らない人間が自宅に入る際の恐怖や気持ち悪さを、Amazon.com側から一時的に開ける鍵と、状況を随時スマホで確認できる監視カメラを導入することで克服している。2018年4月には、米国一部地域の有料会員向けのオプションとして駐車中の車のトランクに荷物を届けるサービスも開始。現段階で対象車両は限られるが、実際のユーザーの声も紹介するなど需要の高さに自信を見せる。

日本でも同様のサービスが立ち上がろうとしている。スマートロック「NinjaLock」を手がけるライナフは、生活協同組合パルシステム東京、ホワイトプラス、ベアーズらとともに2018年2月下旬から「サービスが入ってくる家」プロジェクトを推進している。配達、家事代行、クリーニング、宅配食材などを本人が不在の日中に行う。仕組みはAmazon Keyと同様、スマートロックと監視カメラ、スマホアプリの組み合わせだ。

「サービスが入ってくる家」のコンセプト(ライナフの発表資料より)

NinjaLockをはじめ不動産業者向けの内覧サービスなどを展開し、ハード/ソフト両面で「不動産テック」に注力してきたライナフは、このプロジェクトで“ソフトが充実した家”を確立したいとする。物件の広さや間取りに目を奪われがちな不動産だが、そこにIoTを加えることで人的サービスの幅が広がり、違った魅力が生まれる。

不特定多数の人が利用する公共施設でもスマートロックは効果を発揮する。総務省による2016年度のIoTサービス創出支援事業では、秋田県湯沢市役所内の会議室をスペース共有サイトに掲載し、オンラインによる利用予約サービスを実施。マイナンバーを用いて厳密に本人確認を行い、スマートロックによる入退室管理を行った。これぞ空きスペースのムダを解消する公共版のシェアリングエコノミーであり、スマートロックが省力化に貢献する一例でもある。

フリマアプリのメルカリの子会社が福岡市で提供しているシェアサイクル「メルチャリ」でも、tsumugと共同開発したスマートロックを採用している。部屋ではないが、鍵をコントロールすることにより公共のリソースを異なる利用者間で使い分けられるようにする点は同じだ。この仕組みがあれば、カーシェアリングなどでも、少しスタイルの違うサービスを実現できるかもしれない。

IoTサービス創出支援事業で行われた市役所会議室のスマートロック活用(成果報告書より)