戦略物資として注目が集まる半導体。この半導体産業のゲームチェンジャーと目される技術「スピントロニクス」の研究で世界をリードする研究拠点が、仙台にある。東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES)だ。前回に引き続き、CIESセンター長を務める東北大の遠藤哲郎教授に、スピントロニクス半導体について聞く。2018年からMRAM(磁気抵抗メモリー)製品として徐々に社会実装が始まっているスピントロニクス技術。この新技術はどのように広がり、どのように社会を変えていくのか。遠藤教授が「未来のコンピューティングの姿まで変えうる可能性がある」と語るスピントロニクス技術の様相をさらに深掘りする。(聞き手:高山 和良、山口 健(日経BP総研主席研究員))

海外大手が数メガ〜数十メガビットでMRAM量産をスタート

──(前回記事参照)スピントロニクスは、電気と、電子のスピンによる磁気を使う半導体技術のことで、略称でMRAM(エムラム)、日本語で言うと磁気抵抗メモリーと呼ばれる新しい半導体メモリーに使われる技術とのことです。そのMRAM量産が2018年に始まったということですが、どのようなところから出ているのでしょうか。

【参考:遠藤教授の前回記事はこちら】
半導体のゲームチェンジャーとなるか スピントロニクス、東北大CIESの挑戦(1)

遠藤教授(以下、敬称略):まずMRAM製品は既に2018年に数メガビットから数十メガビットの容量製品について量産が発表されています。そういう意味では既に社会実装は始まっています。具体的には、台湾TSMCと韓国サムスン電子、米国のグローバルファウンドリーズなどから少量ながら出始めています。さらに、MRAM製品が組み込まれたスマートウォッチやIoT機器も実際に販売が始まっています。

MRAMビジネスはもう既にスタートしているわけです。

MRAMの量産は既に2018年から海外各社がスタートさせている(図提供:東北大学)
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MRAMの量産は既に2018年から海外各社がスタートさせている(図提供:東北大学)

まずは低消費電力ニーズの強いところから導入が始まった

──主にどういうジャンルの市場から入り始めているのでしょうか?

遠藤:低消費電力化が必要なところから入り始めています。象徴的なのが、スマートウォッチから入り始めているということです。

具体的には、MRAMを搭載したソニー製GPSプロセッサーが、中国ファーウェイのスマートウォッチである「GT2」という製品に使われています。実際にAmazonなどで購入できるので見てみてください。このGT2の前の機種である「GT1」では、既存の技術のシリコン半導体で混載メモリーが使われていましたが、この部分がGT2ではMRAMに置き換えられています。GT1では1回の充電で電池が4日間しか持たなかったのですが、MRAM版のGT2では1回の充電で2週間電池が持つようになりました。

半導体デバイス技術の歴史を振り返ると、かつてnMOS(エヌモス)という技術から消費電力を低くできるCMOS(シーモス)という技術に移り変わる時期がありましたが、その時もCMOSを使ったロジック半導体が搭載された一番最初の製品が腕時計でした。そういう意味では、MRAMが現代版の腕時計であるスマートウォッチに採用されたというのは、なかなか感慨深いというか歴史の綾を感じさせるできごとだと思っています。

スマートウォッチ以外ではIoTネットワーク機器への採用がスタートしています。どちらも半導体デバイスの市場として見たらまだまだニッチな市場ですが、ここからだと思っています。

MRAM搭載半導体のエレクトロニクス製品への採用も既にスタートしている。図はMRAM製品が搭載された製品(図提供:東北大学)
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MRAM搭載半導体のエレクトロニクス製品への採用も既にスタートしている。図はMRAM製品が搭載された製品(図提供:東北大学)

新しい技術に対して、ユーザーはどうしても慎重になる

──遠藤先生は、NANDフラッシュメモリーの技術開発に携わり、3次元の積層構造にして大容量化を進める3D-NANDフラッシュを開発されたことでも知られていますが、フラッシュメモリーが市場を広げていった時と今回のMRAMの製品化の流れで何か共通点のようなものはありますでしょうか?

遠藤:3D-NANDの場合は、基本的にその前にNANDフラッシュがあったので、普及はスムーズでした。私の個人的な感覚で言うと、NANDフラッシュを市場に出し始めた時と良く似ています。

NANDフラッシュというのは、私が東芝にいた頃、研究所で開発にも携わり、北上工場で量産の立ち上げも担当しておりましたが、1993年にファーストチップを出したわけです。その時に、NANDフラッシュはハードディスクの置き換えにトライしました。でも、当時はダメでした。ユーザーに受け入れてもらえなかった。

理由は2つです。1つは容量とコストの問題です。もう1つが市場での実績です。つまり、ユーザー側からすれば、ハードディスクをいきなりNANDフラッシュに置き換えた時、もしそれがシステムダウンしたら、ギャランティーしてくれるんですか?ということです。

したがって、結局NANDフラッシュでいろいろ価格を調整したり、容量を上げていっても、なかなかハードディスクの本丸までたどり着けなかったわけです。もちろん容量と価格の問題もありましたけれども、それでも少しくらい使われても良さそうだと当時は考えていました。

コンピューターシステムにおいてマスターデータを入れるストレージには極めて高い信頼感が必要です。新しい技術やデバイスには誰も確信が持てないので簡単には使えません。誰が責任を取るのだという話です。もし大事なデータが飛んでしまったら訴訟問題にもなるということで、NANDフラッシュに携わっていた人間は約10年間、七転八倒したわけです。それで切り拓いていったのが当時のUSBメモリーやSDカードという新しい分野、いわゆるモバイルストレージの分野です。これが新しいキラーアプリケーションとなったわけです。

東北大学「国際集積エレクトロニクス研究開発センター」センター長を務める遠藤哲郎教授。東北大学大学院工学研究科、東北大学電気通信研究所などにも席を置く。また、東北大発のスタートアップであるパワースピンの取締役最高技術責任者(CTO)でもある(写真提供:東北大学)
東北大学「国際集積エレクトロニクス研究開発センター」センター長を務める遠藤哲郎教授。東北大学大学院工学研究科、東北大学電気通信研究所などにも席を置く。また、東北大発のスタートアップであるパワースピンの取締役最高技術責任者(CTO)でもある(写真提供:東北大学)