車椅子や杖の利用者を主役に据えたパレード「インクルーシブパレード」が行われた。パレードの様子を追いつつ、日本では過去に例を見なかったパレードが日本の街や産業界に示したヒントを探る。
劇的な天候の変化は、まさに天がこのパレードのために配慮したかのようだった。この表現に誇張は一切ない。
2022年5月27日金曜日の午後1時、東京・墨田区のJR錦糸町駅前。車椅子や杖を必要とする人を主役に据えた行進、題して「インクルーシブパレード」が始まった。このような趣旨のパレードは、日本国内ではこれまで例を見ないという。
パレードの直前まで、錦糸町駅とその周辺地域は、豪雨に見舞われていた。筆者がパレードを取材するべく乗り換えに使った近隣のJR秋葉原駅では、構内放送で乗客に注意喚起がなされたほどだった。
天気予報では「雨は午後には止む」とされていたものの、本当に晴れるのかと疑わしいほどの降り具合。パレードは雨天決行とされていたが、荒天であればパレードの中止はまぬがれない。
しかし、雨は12時30分頃には小雨にまで落ち着き、10分前には見事に止んだ。
定刻の13時から、いよいよパレードがスタートした。車椅子ユーザー約40人や杖のユーザーを含む参加者約140人は、錦糸公園から丸井錦糸町店までの約500メートルを、約40分間かけて行進した。
パレードを相互理解のシンボルに
このパレードは、2022年5月27日から29日にかけて行われたイベント「インクルーシブパレード2022 TOKYO」のオープニングに行われた。イベントの主会場となった丸井錦糸町店5階の「ミライロハウス」では、リハビリ用機器の説明会および体験会、障がい当事者や支援者による対談、さらには重度障害があるイラストレーターによるライブペインティングなど、複数の関連プログラムが催された。会場への3日間の累計来場者数は、推計で600名程度。
本イベントのテーマは「障害を持っている人も、持っていない人も友達になれるイベント」。イベントを通じて、各所でその必要性が指摘されているダイバーシティ&インクルージョンへの関心を高めることを狙った。
車椅子や杖の利用者を主役に据えたパレードは、その象徴として企画されたもの。インクルーシブパレードを主催した一般社団法人インクルーシブデザイン協会の国宝孝佳氏(代表理事、理学療法士)は、「このパレードを通じて、まさに思い描いていた『欲しい絵』を見ることができた。非常に大きな達成感がある」と語る。
国宝氏の言う「欲しい絵」とは、障がいがある人とない人が違和感なく交流している姿のこと。「パレード中、街を行く人が、パレードに対して笑顔で手を振って返してくれた。街角の方々にとって、見ず知らずの車椅子の人たちと笑顔で交流するというのは、おそらく初めての経験ではないかと思う。これがパレードで狙っていたことの1つ」と国宝氏は語る。
「人はやはり楽しそう、面白そうと感じるものに興味を持つ。そうした対象を通じて、お互いが自然にコミュニケーションをとるようになるのが理想的。職場や地域におけるインクルージョンに向けた取り組みは、こうした活動の連鎖の先に自然と起きてくるはず。パレードはそのトリガーになると考えた」(国宝氏)。
内閣府によると、日本には身体障害者(身体障害児を含む)が約436万人いる。この人数は全人口の約3.4%に当たり、そこから考えると車椅子ユーザーの存在は決して珍しいわけではない。一方で、家族に障がいがある人がいる、あるいは仕事で関わりがあるという場合以外、交流の機会はまずないというのも実態だ。
「知らないがゆえに(健常者が)障がいがある人との間に心理的な距離感をつくってしまうことがよく見られる。しかし、今日のパレードでは、その距離は縮まっているように感じられた。通りを行く人たちがパレードを見て、笑顔で手を振ってくれた。こうした距離感のない姿が各所で見られるようになれば、それがインクルーシブな社会の土台になる」(国宝氏)。
パレードには全国各地から参加者が集まった。加えてオンライン参加も可能にしたことも特徴である。運営スタッフがパレードを含め開催期間中の主なプログラムをネットで中継し、移動が困難な人や遠方に在住している人に向けて、自宅でも視聴できるようにした。なお参加者の一体感を出すために、パレードのオンライン参加者には、オフラインの参加者と同じフラッグを送付したという。
インクルーシブパレードの運営スタッフで、「車椅子女子」として障がいや病気に関する啓発活動を続けている牧野美保氏は、パレードで先頭に立った。牧野氏は次のように話す。
「運営スタッフが運営を担うということに終わらない、オンラインで参加している参加者も含めてみんなでつくりあげるものにしたかった。気持ちとしては、パレードを見て初めて知ってくださった街中の人も、『みんな』の一人。パレードを通じて、私たちが最終的に狙っている社会の在り方を少しでも感じとっていただければうれしい」