今や、半導体は石油と並ぶ戦略物資となった。デジタル産業すべての基盤インフラであり、同時に日本再生のための前提条件でもある。地政学的なリスクを考えると、日本が自力で先端半導体を製造できる能力は必須となる。弱体化した国内半導体産業の建て直しが急務だ。具体的な半導体再生戦略を提示しているのが東京理科大学大学院の若林秀樹教授である。経済産業省「半導体・デジタル産業戦略検討会議」や「デジタルインフラ(DC等)整備に関する有識者会合」の有識者メンバーであり、「電子情報技術産業協会」(JEITA)半導体部会の政策提言タスクフォース座長も務める、電子・半導体産業における日本屈指の論客だ。同氏が唱える『デジタル日本進化論』と、国内半導体産業の復活への道筋について話を伺った。(聞き手:高山 和良、山口 健(日経BP総合研究所 主席研究員))【全2回、本記事は第2回】

デジタルインフラの利活用が日本を再生させる

──若林先生は、(1)デジタルインフラの構築、(2)デジタルインフラの利活用による課題の解決、(3)海外への輸出という3ステップで、日本を再生・発展させるという構図を描いています。デジタルインフラを構築した後の利活用、つまり第二ステップについて教えてください。

【参考:若林教授の前回記事はこちら】
「デジタル列島」化と半導体が日本再生のカギ握る 東京理科大学・若林秀樹教授に聞く(1)

若林教授(以下、敬称略):第二ステップは、これらのデジタルインフラの利活用になります。特に5G以降の情報通信網整備がもたらす影響は大きいものになります。もちろん、ただ整備されただけでは、その経済効果は建設の時だけのものです。利活用することによって真の波及効果が現れてきます。波及効果として大きなものは、(1)日本人の働き方の変化、(2)遠隔医療、(3)遠隔教育、(4)自動運転、(5)防災の5つでしょう。

まずは日本人の働き方が変わり、様々なムダが減ります。

新型コロナウイルス禍を契機に、テレワークが進み、オフィスや住まいを地方へ移す動きが広がりました。一部揺り戻しはあるでしょうが、テレワークを有効利用する動きは今後もますます進むでしょう。しかし、電波が届かず、通信速度が遅く、伝送容量も小さいままではどうにもなりません。第一ステップのデータセンターと5G基地局が整備されて初めて、テレワークを中心とした日本人の働き方改革が可能になるわけです。

若林秀樹教授が執筆した『デジタル列島進化論』(発行:日本経済新聞出版)では、日本再生を(1)デジタルインフラの構築、(2)その利活用による課題解決、(3〉解決策の輸出という3ステップで進める(若林教授へのインタビューから筆者作成)
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若林秀樹教授が執筆した『デジタル列島進化論』(発行:日本経済新聞出版)では、日本再生を(1)デジタルインフラの構築、(2)その利活用による課題解決、(3〉解決策の輸出という3ステップで進める(若林教授へのインタビューから筆者作成)

人生百年時代と言われるように、60歳定年以降の10年、20年をどう生きるかが問われています。将来の年金原資が不足するということもあり、1つの企業だけに定年まで勤務するのではなく、大都市を離れて、地方で起業をする事例も増えています。快適なテレワークができれば、シニアの活躍にも寄与します。

日本の生産性の低さ、つまり一人当たりのGDPが低い理由は、地方や中小企業、シニアの生産性(コスト当たりの売上高)が低いことですが、5G以降の情報通信網整備によって、こうした生産性が上がってきます。

──遠隔医療や遠隔教育についてはいかがですか?

若林:そもそも医療格差、教育格差が地域によって存在することが問題であり、あってはならないものです。

5G、6Gの情報通信網が整備されると、医療と教育の姿が大きく変わり、地域格差が解消されます。

現状は、都心と地方の医療格差は広がる一方です。都心には多くの病院・クリニックがひしめいていますが、地方の病院は減る一方で、医療の地域格差が広がっています。

情報通信網が整えば高品質の遠隔診断ができるようになります。現在は、画像と音声だけですが、やがてはハプティック(触覚)機器や簡易な超音波や心電などの検査端末を使い、CT画像や心電図を遠距離からでもリアルタイムで得られる精密検査が可能になるでしょう。これらには高速・大容量・高信頼性の通信環境が必要であり、これは5G以降でなければ実現できません。診断だけでなく、遠隔治療や手術の試みも始まっています。情報の遅延や伝送の途切れがあれば、命に係わる問題です。リアルタイムで信頼性の高い情報通信網が不可欠になります。

遠隔教育も大きく姿を変えるでしょう。例えば、私が所属している大学院では、リアルでもオンラインでも参加可能なハイブリッド講義を導入していますが、オンライン参加者にも臨場感があり、没入感を出す授業のためには高精細のAIカメラが複数台必要です。講義を行う側としては参加者のちょっとした顔の表情も見逃したくありません。オンラインであることを意識せず、忘れるくらいの情報通信環境が必要です。遠隔試験ということになれば、遠隔医療と同じくらいの回線品質が求められます。遅延も途切れもあってはなりませんし、通信格差で入試に不利益が生じてはいけません。

東京理科大学大学院・若林秀樹教授。手にしているのは、デジタル版『日本列島改造論』とも言える日本再生戦略をまとめた『デジタル列島進化論』(写真:高山和良)
東京理科大学大学院・若林秀樹教授。手にしているのは、デジタル版『日本列島改造論』とも言える日本再生戦略をまとめた『デジタル列島進化論』(写真:高山和良)

──自動運転や防災についてはどうお考えですか?

若林:地方では、クルマが主要な移動手段ですが、高齢化で自動運転は待ったなしです。高齢者の事故を防ぎ、近距離移動が中心だが利用頻度が高い、安価で乗りやすい簡易な自動運転EV(Electric Vehicle)への需要が高まります。

自動運転時代には、クルマのハードは、形状デザインを除けば、タダの箱、筐体であり、データとアルゴリズムというソフトが性能を決めます。さらに重要なのは高精細マップとダイナミックマップです。クルマの持つ3次元センサーLiDAR(ライダー)、ミリ波レーダー、複数のカメラやマイクなどから得られるデータとマップを統合することが必要ですが、これにはクルマだけではなく、道路沿いにある電柱などのインフラ側が出すデータやセンサーも必要になってきます。現在のマップはクルマの車体「上半身」からのものが多く、路面の情報、滑りやすさや凹凸など「下半身」のタイヤやブレーキに必要なデータの蓄積やマップはほぼありません。これらのデータ整備は安全だけでなく、快適性の面でも重要になってきます。

地方における車移動の範囲は近距離であり、頻度も高い。これに合わせた急速充電技術や充電インフラの整備が必要になります。

──デジタルインフラの整備によって、老朽化した橋やトンネル、ダムなどの保守・整備ができるという話がありますが、これについてはいかがでしょう?

若林:デジタルインフラを整備することによって、老朽化した橋やトンネルなどのインフラをITとデジタルで監視することができます。劣化の具合をチェックして必要に応じてリニューアルするわけです。

さらに、山や河川、街全体のソーシャルデジタルツイン、つまりコンピューター上に仮想的な山や河川、街を作ることで災害監視機能を強め、防災体制を強化することができます。防災デジタルツインの実現によって、増える自然災害に対する被害を最小限に留められることが期待できます。

崖崩れや水害対策などには、「ソーシャルデジタルツイン」が有効です。ドローンや多種多様なセンサーで頻繁に地形やインフラ構造物を3次元計測し、これをPC上に再現できるようにしておくわけです。大雨や地震の際に、地形変化をリアルタイムでチェックし、こうしたデータを使ってシミュレーションすれば、土石流の影響などを予測できます。橋梁や道路がいきなり崩れることも未然に防げるでしょう。