「育児、家事、仕事で時間に余裕がない」「単身世帯では、自分のために調理に手間ひまをかける気にならない」。共働きの定着、高齢者層を中心とした独居生活者の広がりといった社会背景の変化によっておろそかになりがちな「食」を見直す――。そんなチャレンジが広がっている。代表的なのが冷凍食品(冷食)だ。旬の食物を使った上質な料理を、簡単に、そして短時間で食べられる、そんな生活がすぐ手に届くようになる。凍らない野菜保存の研究が進む一方で、フランスからは冷食専門店が上陸。“明日”のフードカルチャーが変わろうとしている。

21.1キログラム――2015年における国民1人当たりの冷凍食品の消費量である(一般社団法人日本冷凍食品協会調べ)。家庭の食卓、コンビニエンスストアの弁当、社員食堂、ファミリーレストランなど、我々は無意識のうちに冷凍商品を口に運んでいる。大人1人が1年間に摂取する平均的な食物の量は、重さにすると500キログラムほど。それからすると、決して多くはない。ただ、この数字は今後、徐々に大きくなっていく可能性が高い。時代の要請にマッチしているからだ。

ここで言う時代の要請の一つは、共働き世帯の増加。2015年版の国民生活基礎調査によると、共働き世帯数は1114万で、年々増えている。働き方改革とともに「女性の活躍の場の拡大」を推進する動きがある中で、今後、この数はさらに増えていくと見ていいだろう。

当然、夫婦で家事に十分な時間をかけにくくなり、いろいろな面での時間節約が必要になる。多くの場合、時間節約に効果が大きいのが食事の準備だろう。ここで冷凍食品のように調理の手間を省ける食材・食品が役に立つ。

単身の高齢者世帯の増加も時代の要請の一つといえる。単身世帯は、2000年の国勢調査時点では27.6%、2015年では32.5%。国土交通省の試算によると、今後はさらに増加を続け、2050年には全世帯の4割を超えるという。こうした家庭でも、食事の用意に手間ひまをかけるとは想像しにくい。ここでも、手軽に食事を用意できる手段は欠かせない。

もちろん、手軽さを求めるなら、インスタント食品、缶詰やレトルト食品、スーパーマーケットなどで販売されている惣菜などもある。冷凍食品にしても、従来既に多様な製品が販売されている。ただ、これらの多くは簡単、短時間という要素は満たすものの、食事を楽しむという要素が疎かにされるケースが多い。

では、高級レストランで食べるようなものを、いつでも手軽に家庭で食べられるとしたら、どうだろう。最新の冷凍技術を使えば、それを実現できる。こうした新しいフードカルチャーを生み出そうと取り組む企業が登場してきた。

自然界の凍らない仕組みを応用したブレイクスルーも

新たな冷食の技術開発に挑んでいる企業の一つは、兵庫県神戸市の米田工機である。液体急速凍結機の「リ・ジョイスフリーザー」を販売している。凍結機の庫内ではマイナス35℃のアルコールが絶えず撹拌されており、そこに冷凍対象の食品を“漬ける”と、同じ温度の冷凍庫に比べて急速冷凍が可能となる。例えば厚さ2センチの豚・鶏肉なら約8分、魚なら約10分で完了する。

より大きなメリットは解凍しても“生”に近い品質を担保できる点にある。液体により対象を均等に冷やすため冷凍ムラが起こらず、細胞を破壊しないためだと同社は説明する。シーズン外の新鮮なのどぐろ(島根県の名産魚)を都市部に提供したり、年間を通じて旬のたけのこを供給できるようになったりと、食品加工業者からは既に高い評価を得ている。

「不凍タンパク質」を生かし、冷凍加工食品の劣化を防ぐ技術もある。国内では関西大学化学生命工学部 生命・生物工学科教授の河原秀久氏が長年にわたり研究してきた。不凍タンパク質とは生物が持つ凍りにくいメカニズムを反映した物質で、もともと南極で泳ぐ魚から発見された。その後、化学メーカーのカネカが、カイワレ大根やえのき茸が含有する物質を利用して不凍タンパク質を製品化。より身近なところでは大阪の菓子舗が、不凍タンパク質を用いた“解凍しても美味しい”お餅を販売している(写真1)。

(写真1)大阪府堺市の菓子舗「浜寺餅 河月堂」が販売する冷凍餅「和neチャージS(ワンチャージエス)」。解凍しても柔らかいことからアスリート向けの栄養食品としてアピールする(浜寺餅 河月堂の商品紹介ページより)

河原氏は不凍タンパク質と並行して、過冷却促進物質の研究にも取り組んでいる。不凍タンパク質が氷の成長を止めるものであるのに対し、過冷却促進物質はそもそも凍らせない技術で、役割が異なる。過冷却促進物質はコーヒー豆のかすに含まれていることがわかっており、河原氏はパナソニックと共同で0℃以下でのレタスの未凍結保存の実証を行った(写真2)。

(写真2)コーヒー豆に含まれる過冷却促進物質を用いたレタスの未凍結保存の実験。瑞々しさを保っている(関西大学のプレスリリースより)

この研究は国からも補助を受けており、将来的に「凍らせない食品保存」を視野に入れる。不凍タンパク質では2016年10月に長野県の食品企業とともに「KUNAi」、過冷却促進物質では同年11月に「KUREi」と2つのベンチャー企業を設立。どちらも河原氏が最高技術責任者となり、それぞれの物質を生かした製品の製造・販売に挑む。合言葉は「保存技術に革新を」。いずれは再生医療の臓器保存、道路の着氷防止など、多面的な展開を目指す。