次世代デバイスで簡単な治療も可能に

ほかにも、遠隔での簡単な治療、服薬支援、そして予防といった面でも進展していく。治療など内容によっては、遠隔地の医師が地元の医師をサポートするといったDtoD(Doctor to Doctor)型のサービスを通じて、患者に安全・安心を提供することになる。

例えば糖尿病が進んだ患者は、血糖値の変化に応じて適宜、インシュリンを投与しなければならない。血液中の血糖値の測定については、コンタクトレンズ型やマウスピース型などのセンサーデバイスが研究されているが、それらと組み合わせてインシュリンを投与するデバイスも身に着けておければ、本人が意識することなくその状況に合わせた処置が可能となる。

韓国で研究が進められているウエアラブルシートは、センサーで汗をモニターして血糖値を測り、血糖値が下がってきていることを検知したら、極小の針が糖尿病治療薬を放出するデバイスである(写真5)。

(写真5)血糖値を測って治療薬を投薬するデバイス
炭素原子からなる新素材で作られた電子回路が利用されている。(Engineering and Technology Magazineのウェブサイトより引用)

東京医科歯科大学・生体材料工学研究所の三林浩二教授が研究している人工すい臓は、血糖からエネルギーを得てインシュリンを分泌する(写真6)。血糖値が上がればインシュリンが分泌され、下がれば分泌が止まるという動作を機械的な仕組みで行うため、電池切れなどもない。「少量のインシュリンを徐々に分泌することができるので、健康なすい臓のような適切な投与が期待できる」(三林教授)。

(写真6)研究中の人工すい臓
写真は初期型だが、最新型は体に貼って使えるように柔らかい素材でできている。

東北大学大学院・医工学研究科 医工学専攻の芳賀洋一教授は、鍼灸用の針の外側に微細加工を施すことで経皮から薬を投与できる、投薬用のシートを研究中だ。芳賀教授はさらに、超音波を集束することによって末梢神経を刺激する治療デバイスを研究中(写真7)。鍼灸治療と同様の効果を、皮膚を傷つけることなく非侵襲で得ることができる。将来的には、「鍼灸治療が有効であるとされる、高齢者の誤嚥性肺炎の治療に使えないかと考えている」(芳賀教授)。

(写真7)テープで皮膚に貼り、超音波を収束して神経を刺激する平型経穴刺激デバイス

Googleもウエアラブルな医療デバイスを研究している。その一つとして特許申請を行ったこと明らかになったのが、血液中のガン細胞を破壊するリストバンド(図1)。ガン患者の体内に独自開発した酸化鉄のナノ粒子を注入。そして、デバイスが発生する磁気によって特定の細胞ごと粒子を集積する。その後、デバイスから放たれる高周波で細胞を変形か破壊するという仕組み。このデバイスは、早期にガン細胞を発見して根絶できるだけでなく、まだ治療法が発見されていないパーキンソン病にも応用できるという。

(図1)Googleが開発を進めているガン治療用のリストバンド(世界知的所有権機関のホームページより引用)

こういった、高度な治療に利用するウエアラブルデバイスは、健康保険の適用などによって患者側のコスト負担を軽くすることができるだろう。しかし、疾病が発見される前から血糖値や血圧を調べるウエアラブルデバイスを利用する場合は健康保険が適用されない可能性があり、今後は保険会社が医療保険で補助するといったサービスの検討が必要かもしれない。

デジタルが間違いのない服薬を支援

治療の観点からは、直接的な投薬だけでなく、処方した薬の服薬に関する取り組みも必要になる。その一つとして挙げられるのが「デジタルメディスン」である。錠剤にマイクロセンサーチップを埋め込み、服薬した時刻や身体活動量などのデータを記録するというものだ。Bluetooth通信でスマートフォン(スマホ)やタブレットにデータを転送し、医師が患者の治療に役立てる。

まるでSFの世界のようだが、2015年9月、大塚製薬と米Proteus Digital Healthが抗精神病薬「エビリファイ錠」にこの仕組みを採用し、米FDA(食品医薬局)に新薬承認申請を行った。結果的に追加データが必要だとして申請は差し戻されたが、両社は今後もデータを補強しながら申請を続けていくという。

究極の服薬管理とも言えるデジタルメディスンの根底には「服薬アドヒアランス」という考え方がある。患者が治療方針の決定に参加し、医師と相談を重ねながら服薬することを意味し、忠実に医師の指示に従っていたこれまでの「服薬コンプライアンス」に代わる概念といえる。こうした患者の積極的な治療・服薬への関わりは、今後主流を成すであろう個人による健康管理を基本とした「PHR(Personal Health Record)」にも通じる。

服薬支援のソリューションも増えてきている。ケアボットが2015年2月に発売した「服薬支援ロボ」は、薬を飲み忘れがちな高齢者や要介護者に向けた製品だ(写真8)。同社はカーナビ/カーオーディオで有名なクラリオンと、全国で介護施設を展開するセントケア・ホールディングスが出資した介護ロボット企画・開発の子会社。クラリオンがカーエレクトロニクスで培った技術を生かし、設定した時間に音声と画面表示で服薬を促す。服薬コンプライアンスの徹底に役立つことはもちろん、機械が日々サポートを続けることにより患者自身に積極性が芽生え、結果的に服薬アドヒアランスの向上につながる。現在は日立システムズと協業し、クラウド経由での遠隔服薬支援も提供している。2016年4月には茨城県笠間市で実証実験も行った。

(写真8)ケアボットの服薬支援ロボ
音声と画面表示で服薬を促す。

薬剤の包装パッケージに着目し、服薬支援を試みようとする企業もある。大阪に拠点を置く包装加工を主力とするカナエは、医薬品包装と医薬品受託製造のノウハウを活かし、ITを活用した服薬履歴管理システムの「MEDLLECT(メドレクト)」を開発中だ。

誕生のきっかけは、約10年前にがんの担当医師から受けた「患者が薬を服用しているか、していないか、確認できる包装システムを考えられないか」という質問だった。がんのように深刻な病気では、その後の治療方針を含め、正しい服薬状況の把握は絶対条件となる。ところが医師に問われたときに、服用していないにかかわらず「服用している」と答える患者が多いのだという。そこで考案したのがMEDLLECTだった(図2)。「服薬が厳守されないことにより、健康の回復が遅れたり、軽度な症状が重篤になったり、時には助かる命が助からなかったりすることさえある。服薬忘れの原因の大半はうっかり忘れ。包装技術の側面からこの課題を解決するソリューションを提供したいと考えた」(開発を指揮する田中勝人社長)。

(図2)MEDLLECTの仕組み概要(提供:カナエ)

仕組みは、ごく一般的なPTPシート(プラスチックとアルミで包装し、錠剤を押し出すタイプ)に電子タグと回路ラベルを取り付けたもの(写真9)。患者が薬を取り出すと、回路が断線する。その時刻を服薬時刻としてクラウドに送ることで、医師、薬剤師、患者が服薬履歴を共有できる。タグの読み取りにはソニーからFeliCaの技術協力を取り付けた。千葉県の薬局での実証実験をはじめ、実用テストも着々と進んでいる。

(写真9)MEDLLECTの商品イメージ(提供:カナエ)