感覚、感情、好み、体調、技能。いずれも伝えづらい情報である。これらを定量化/視覚化できれば、快適さや便利さの向上、強固な安全性の確保といったことを実現しやすい。実は先進技術の中には、センシングやデータ分析、シミュレーションによって、 “人”の感覚や感情、好み、体感、行動パターン、変化の予兆を見える化できるものがいくつもある。これらを活用して、感覚や好みを伝えたり、再現したりすれば、より快適で安心できる生活環境を実現できる。

“人”に関連した情報は、案外伝わりにくい。例えばある商品を購入した顧客が、その商品を選んだ本当の理由が、「気に入ったから」なのか「ほかに選択肢がなかったから」なのかは、言葉に出されない限り分からない。感情、感じ方、しんどさなど身体にかかる負担の度合い、体調…。伝わりにくい情報はほかにも数多くある。少しタイプは異なるが、人が持つ技能も見える化が難しいものの一つだ。

 ただ最近は、センシング技術やビッグデータ解析などにより、こうした情報を見える化したり、シミュレーションによって再現したりといったことが可能になりつつある。これを商品開発や街づくり、新たなサービスに活用すれば、様々な場面で快適さ、便利さを高められる。安全・安心の観点で活用することもできるだろう。以下で、生活の快適さ、便利さを高めるうえで役立つ「人の見える化」技術を見ていこう。具体的には、脳活動の見える化や、人が感じるしんどさの見える化だ。

脳の活動を見える化してわくわく感を刺激する製品開発

私たちを取り囲む様々な“モノ”の多くは、性能面、機能面ともに成熟し、コモディティー化が進んでいる。一方で、消費者のニーズは個別化、多様化している。こうなると、新製品を開発してもなかなか売れない。メーカーとしては、消費者の購買意欲をかきたて、さらに「欲しい」「必要だ」と思わせる新たな価値感を感じさせる製品を生み出さなければならない。重要なのは「わくわく感」や「快適さ」を提供する製品づくり。そこで、そのための技術として脳活動の見える化が注目を集め始めている。

科学技術振興機構(JST)が推進し、広島大学を中核とする「精神的価値が成長する感性イノベーション拠点(感性COI拠点)」では、どのような環境や順番でどの五感に働きかけると「わくわくする」のかを、脳活動を見える化することによって体系化しようとしている。これによって、衣・食・住、車、教育、医療など多様な分野において、個人の感性やニーズなどに対応した製品、サービスが提供されることを目指している(図1)。

(図1)脳活動の見える化が生かせる応用分野の例(感性COI拠点の資料より抜粋)

現在、電機業界、自動車業界、建築業界、飲食業界など様々な分野の企業が、脳活動の見える化に関心を示し、既に大学や研究機関と連携して、商品やサービスの開発に活用しようとしている。例えばパナソニックや東芝などの家電メーカーは、人が快適と感じる色、温度を探ろうと、LED照明の評価のために脳波計測を実施した。

脳活動の見える化は既存製品の差別化にも活用できる。一例が音楽プレーヤーアプリを開発したニューロウェアである。同社は慶應義塾大学 理工学部 准教授の満倉靖恵氏が研究する脳波の計測データを活用し、ユーザーの脳波の状態にフィットする音楽を選曲するシステム「mico」を開発した(写真1)。脳波センサーが組み込まれたヘッドフォンを装着し、ユーザーの脳波パターンを細かく解析する。そのうえで現在の脳波パターンとあらかじめ登録してある楽曲が持っている脳波パターンのマッチングを行い、最も近いパターンを持つ楽曲を選んで再生する。その人の気分に応じて、心地よいと感じる音楽を再生させられるわけだ。

(写真1)ニューロウェアは、慶応義塾大学 満倉氏と「mico」を共同開発した
現在、micoの商品化のためのパートナーを探している。写真はニューロウェアより提供。

自動車業界では、マイカー所有を促すために「運転の楽しみ」を与えるところで、脳計測の活用を試みる。これは、今後カーシェアリングが普及し自動車の所有欲が低下することへの対策の一つ。運転手の心理状態に応じてハンドルやアクセルの操作に動的な味付けを加え、安全性を向上しつつ、運転がうまくなったような感覚を与える。他にも、乗客の心理状況に応じて、空調や音楽、照明などの環境を制御するなど、車内の人を知る基準作りに脳計測を活用する研究も活発になっている。

脳計測の方法自体も進歩している。最近は、頭部に直接電極を装着したりMRIのような大掛かりな装置を使ったりしなくても、頭皮上の電位を計測するだけで脳計測できる方法が広まっている。額に貼るだけの脳波計も開発されている(写真2)。さらに脳以外にも、角膜表面の反射像と瞳孔径の変化をカメラで撮影・解析し、人間が注視している点にどれほど関心があるのかを測り、手軽に人間の感情や感性などを知る研究も進んでいる。

(写真2)大阪大学 産業科学研究所 教授の関谷 毅氏が開発した脳波センサ―
厚さ6mm、重さ24gで額に貼り付けるだけで簡単に脳波の計測を行うことができる。大阪大学関谷研究室のホームページから引用。