人の快適さを見える化して製品開発に活用

一方、人が感じる快適さをコンピュータ上のシミュレーションによって見える化し、製品開発に活用している例がある。

住宅は、設計上はなにも問題がなかったのに、実際に住んでみたら所々に不便を感じることがある。「シンクの上に付けた棚は、ものを出し入れするたびに肩に負担がかかる」「バスルームに手すりを付けたものの、高さが合わず、思ったよりも立ち座りが面倒だ」。こんなコメントは決して珍しくない。

設計図に書かれた段階で一度その家を体験できれば、完成する前に家族が使いやすいように調整でき、こうした問題を避けやすい。そんなことを実現できるのが、人の動きを再現する「デジタルヒューマンシミュレーション」である。例えばパナソニックは、身体的負担の少ない姿勢や動作で利用できる住宅設備機器を開発するために、デジタルヒューマンシミュレーションを活用している。この2~3年は、同社の住設製品のほとんどが、開発段階でデジタルヒューマンシミュレーションを利用しているという。家電製品や工場での部品組み付け時の工程確認などでも活用している。

同社の技術の特徴は、約4万人の日本人の情報から抽出したパターンに基づいて、性別、年齢、身長、体重、体形などが異なる様々な人を再現できることと、再現したデジタルヒューマンを「手を引っ張る」などの単純な操作で動かすだけでその際の全身の自然な動きをシミュレートできること、そして蓄積したデータに基づいて、何かの動作をした際に身体にかかる負担(しんどさ)を数値で表現できること、バーチャルリアリティ(VR)やモーションキャプチャーと連携させられることである(図2)。住居内の設備であれば利用する人は決まっているので、家族の身長や年齢などに合わせて、できるだけ楽に使える高さや奥行きなどを決めてから設計できる。またVRを併用することで、利用者には設備を仮想体験してもらえる。これにより、一層具体的な感覚や感情を捉えられる。

新商品を開発する際、多くの場合、実際に人に試作品を使ってもらってユーザビリティーを計測する。ただ、特定の人の感覚だけに頼るとその時々の体調や気分などによってあいまいさが残る。このため、多様な被験者を対象とした計測が必要になる。そこにデジタルヒューマンを活用すればあいまいさの心配がないため、短期間で正確な統計を取ることができる。

同社は今後、「視覚や聴覚、触覚など五感で感じる違いなども計測できるように進化させ、応用範囲を広げていく」(パナソニック プロダクト解析センター ユーザビリティソリューション部 丸山博氏)。そうなれば、目や耳に障がいを持つ人たちだけでなく、加齢によって見えにくくなったり、聞こえにくくなった高齢者にとって使いやすいと感じる製品の開発にも、生かすことができる。また、「人工知能(AI)などによりデジタルヒューマンが自律的に行動できるようにして、たとえば部屋の中を子供が勝手に走り、家屋内のリスクを抽出できるようにする」(丸山氏)ことも目標としている。

(図2)パナソニックのデジタルヒューマンシミュレーションの画面
実際に商品を使った時の使い心地をデジタルに計測する。図は固定型のキッチン収納(右)と可動型のキッチン収納(左)で、利用者の負担感の比較(上)や実際に人の視線で見た感じ方の違い(下)をシミュレーションしている。

熟練医の技術を見える化して教育に生かす

次に、医療の分野の例を紹介しよう。外科の世界では、「研修医は手術をやりながら練習する」ことが多いと言われている。最近は様々な疑似人体を使って練習することもあるが、その際に熟練医からかけられる指導の言葉は「もう少し大きく」「もっと柔らかく」など感覚的なもの。こうした技能は伝わりにくく、教育や技術伝承も効率的とはいえない。

そこで必要なのが手技の技能を見える化して伝えられるようにする仕組み。それが、人間の代わりに使えるセンサー付きの精巧な疑似人体モデル「バイオニックヒューマノイド」である。これがあれば、「もう少し大きく」「もっと柔らかく」といった感覚的表現も数値で示すことができる。

従来の手術用疑似人体にはセンサーが組み込まれていなかったため、「もっと柔らかく」と言われた感覚がどのくらい柔らかいのかを確認できなかった。そこで、内閣府が進める「革新的研究開発数進プログラム(ImPACT)」では東京大学 大学院工学研究科 准教授の原田香奈子氏が中心となって、体内の臓器までを再現したバイオニックヒューマノイドを開発し、内部にさまざまなセンサーを組み込むことで感覚的表現を定量化しようとしている。

プロジェクトでは医療分野だけでなく、モノづくりの分野でも職人の匠の技を見える化し、高精度に動作するロボットアーム「スマートアーム」を開発してさまざまな分野で技術伝承を実現することを目指している。

(図3)バイオニックヒューマノイドでは、疑似体内に組み込んださまざまなセンサーによって感覚的表現を見える化する。ImPACTの資料から引用。

携帯電話のビックデータを使って移動者需要を見える化する

ここまで紹介したものとは観点が異なるが、人の場所や活動を記録し、多数の人の活動を統計処理することで見える化できるものもある。例えば人口の移動状況がそれ。NTTドコモは、同社のサービス利用者の現在位置を把握し、これを統計処理することで、地域ごと・時間帯ごとの人口の分布を算出。このデータを基に、「30分後に発生する移動需要予測」を算出しようとしている。

ベテランが持つ経験や勘を手に入れたいと思っている人は、医師や職人だけでなくいろいろな職種でいるだろう。たとえば、タクシードライバー。長い経験を持つタクシードライバーは、曜日や時間帯、天候などによって、どの辺りを走っていれば利用者を捕まえることができるかが頭に入っている。そんなベテランドライバーでも、エリア内で開催される様々なイベントの影響や、突発的な事故・災害などによる需要の変化を予測することは難しい(図4)。そこで、タクシーを利用したい人の需要予測を見える化し、経験の浅いドライバーの業績を底上げしようとしている。タクシー業務だけでなく、利用者にとってもタクシーが捕まえやすくなるというメリットが得られる。

(図4)イベントの性質によってタクシー乗車数に違いが見られる。同じエリアで比較した場合、プロ野球公式戦と女性アイドルのライブイベントでは、後者の方が人口は多いがタクシー乗車数は少ない。NTTドコモの資料より引用。

NTTドコモでは6月から、東京無線、富士通、富士通テンの協力を得て、AIを活用してリアルタイムにタクシーの利用需要を予測する実証実験を開始した。基本となるのは、基地局から得られる携帯電話やスマホの利用者情報を500mごとにメッシュ状に区切って集計した情報だ(図5)。この情報から、曜日や時間ごとにどの場所にどういった属性(性別、年代など)を持つ人がいたのかを統計的に知ることができる。さらに、タクシーの運行データや、時間、季節などの周期的な変動傾向、エリア単位で人の動き、などとの相関関係や指定するエリアのタクシー需要を解析し、30分後のタクシー需要予測情報をドライバーに提供するサービスを目指す。

(図5)n時間前の人口総数とタクシー乗車数の関係性の強さを表す調査結果。地図上の赤やオレンジ色のエリアは、人口が増えると後にタクシー乗車数も増えることがわかった。こういったエリアでは、人口の推移を見ていればタクシー需要が予測できる。NTTドコモの資料より引用。

人の活動情報を蓄積し、ビッグデータ処理すると、ほかにも見える化できるものがある。例えば医療機関。患者数の推移、治癒するまでの期間を統計処理すれば、病院の実績の変化が一目瞭然。患者は実績の良い病院を選びやすくなる。

同じ医療機関でも、患者ごとに医師が投与・処方した薬、疾患の種類、治癒するまでにかかった時間などの統計値、患者の体調の変化などのデータを取れば、医師同士で最適な治療パターンを共有できる。経験の浅い医師などにとっては、病気ごとに最適な治療法を学び、身に付ける機会につながる。

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