社会を大きく変えるコア技術、AI(人工知能)。日本ではAI関連人材の教育・育成の必要性が叫ばれている。そんな折、AIベンチャーのSIGNATE(シグネイト)が新しいタイプのeラーニングサービス「SIGNATE Quest」を開始する。最大の特徴は、ビジネスパーソンをゼロからAI活用人材へと育てるためのコンテンツを用意したこと。「エンジニア寄り」ではないビジネスパーソン向けのAI教育用eラーニングのサービスは、世界的に見てもまだ珍しいという。同社はSIGNATE Questを通じてAI人材を育成し、ひいては日本のAI活用度の底上げを狙う。SIGNATE社長の齊藤秀氏に話を聞いた。

SIGNATE代表取締役社長の齊藤秀氏(撮影:筆者)

AIは事務作業の効率化、自動運転、医療における画像診断や創薬、はたまた気象の予測など、数々の領域で大きな成果をもたらしつつある。この点については多くの人がご存じの通りだろう。

しかし、企業の現場に目を向けると、AI、AIとこれだけ騒がれる一方、成功事例はそれほど多くはない。「高い期待を持ってAIの業務活用に取り組み始めたわりには成果が出ず、実験レベルで止まっている」という話も耳にする。

大きな理由は、「AI活用人材」が少ないことが挙げられる。「AIをどう使えば現場の業務が改善されそうか」「どうすればAIをうまく新規事業に役立てることができるのか」という観点でAIをとらえ、実務にAIをうまく適用するべく設計できる人材が少ないのだ。実は日本政府がこのような問題があることを認識しており、2019年3月に「AIを使いこなせる人材を年間25万人育成する」という大胆な戦略案を公表したことは記憶に新しい。

AIを業務に適用する際に一番労力がかかるのは、AIを使った業務のデザイン、そしてAIを業務に適用するべく社内で活動する工程である。もう少し具体的に言うと、今の業務のやり方を分析し、どこにAIを適用すれば効果が出るのかを見い出し、企業のヒト・モノの動きとAIが協調して動作するような業務プロセスへと変更していく作業のことを指す。

「AI」というとAIのプログラムを開発し、大量のデータを使ってAIプログラムに学習させるといった作業が真っ先に思い浮かびそうだが、実はこちらはプロジェクトの工数全体の3割にも満たない。先に述べたような、いわば「業務まわり」の作業のほうがずっと時間がかかる。ざっと言えば工数全体の6割から7割がこの作業に必要だとされている。

現場のビジネスパーソンを「AI活用人材」に

そんな中、AI開発ベンチャーのSIGNATE(シグネイト)が興味深いサービスを始める。2019年9月30日より開始するeラーニングサービスの「SIGNATE Quest」(クエスト:冒険)だ。まずは法人向けに提供し、追って個人向けにも提供する予定だ。

SIGNATEは、日本でも珍しいAI開発コンペティション・サイト「SIGNATE(社名と同じ)」を運営している。このサイトは約2万2000人の会員を要している。AIを使った経営課題を企業から募集し、会員がその経営課題に対応するAIプログラムを開発。優れたプログラムの開発者には賞金という形で報酬を渡し、企業が買い取り活用するというビジネスを展開している。

SIGNATE Questを通じて同社が目論んでいるのは、先にも述べたような企業の事業部門で活動する「AI活用人材」の育成である。SIGNATE代表取締役社長の齊藤秀氏は「日本でAI活用が思うように進まない大きな理由の1つは、経営企画、マーケティング、営業、生産部門といった事業部門側で、AIのことを理解している人材が少ないためだ」と指摘する。「SIGNATE Questを通じて、企業の現場で求められている、AI開発プロジェクトを立案し推進できるような人材の育成を可能にする」(齊藤氏)。

そのため学習コンテンツの中身は、一般のビジネスパーソンに向けたものにする。齊藤氏は「実務に必要十分な内容は盛り込むものの、AI関連知識ゼロのビジネスパーソンでも十分理解できるものにする。企業の現場でAIプロジェクトを牽引する役割の方々、あるいはその候補となっているような方々に受けていただきたい」と語る。

コンテンツの種類としては、機械学習とは何か、あるいはプログラミング言語「Python(パイソン)」の基礎といったエントリーレベルの技術知識はもちろん、「どのような課題設定であればAIがきちんと機能しうるか」「AI開発プロジェクトの立ち上げ方や運営方法は」「AI開発プロジェクトのコスト対効果はどう考えればよいか」「AIに学習させるためのデータはどう用意すればよいか」といった、事業に適用するために必要な知識やノウハウを盛り込む。最近重要度が高まっている、データの利活用にまつわる法的な注意点なども扱っていく予定という。

さらに大きな目玉の1つが、AI開発プロジェクトを疑似体験できる学習コンテンツだ。例えば食品メーカーにおける廃棄ロスの削減、金融事業における債務不履行リスクの低減、宿泊予約サービスにおける価格推定の適正化といった形で、典型的なAIの業務適用シナリオ(これを「クエスト:冒険」と呼ぶ)が複数用意される。受講者はこれらのクエストから自分の実務に近しいもの選ぶことで、AIの業務適用法を効果的に学べるようになっている。

齊藤氏は「今のところ、このようなコンテンツを揃えたeラーニングサービスは、日本はもちろん米国などでもなかなか見当たらない」とアピールする。

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SIGNATE Questの受講者向け画面の開発中イメージ。システムが示すガイド(左上欄)を読みながら、右側の操作画面で、プログラミング言語「Python」のコード入力などの作業を実体験していく。画面は「より精度の高い自動車の燃費予測モデルを作成する」というクエストの例である。プログラミング言語などコンピュータの操作に関する内容はIT技術者向けではなく、一般のビジネスパーソンでも理解できるように工夫してあるという(画像提供:SIGNATE)

SIGNATEの齊藤氏は、「業務の”ストーリー“の中に、必要な学習内容を織り込んだ。これにより、一つひとつの学習項目を現場で応用しやすくした。ここには当社としてのこだわりがある」と語る。

「eラーニングでよくあるのが、個々の要素技術は理解できたが実際にどう応用すればいいのか分からないという問題だ。これをストーリー仕立てにすることで、『どの局面でどんな考え方やどんな技術を使えば課題が解決できるのか』という応用力が身につく」(齊藤氏)。

9月30日のリリース後も随時教育コンテンツを追加していき、「ゆくゆくは主要な業種・業界における典型的なAI開発プロジェクトをカバーできるようにしたい」(齊藤氏)と展望する。