AI探偵を主人公にした新感覚ミステリー『探偵AIのリアル・ディープラーニング』『犯人IAのインテリジェンス・アンプリファー』が、AIとミステリーをうまく融合させて面白いストーリーをつむいでいると評判になっている。著者はミステリー作家の早坂吝氏。未来コトハジメ・メールマガジンの連載コラムでもおなじみだ。いまAIの実用的な活用が拡大中の“第3次AIブーム”のなかで、新進気鋭のミステリー作家はAIが進化、普及していった先の未来をどのようにみているのか。早坂氏へのインタビューと、未来コトハジメの読者のために特別に執筆した「AIのショートショート」2本をお届けする。

AIと人間の関わり方をミステリーで描く

――著作『探偵AIのリアル・ディープラーニング』は、人間ではなく“AI”が謎解きをする探偵がという設定がとてもユニークでした。本作の着想はどのようにして生まれたのでしょう。

早坂 新潮文庫nex編集部から“キャラクター色の強いミステリー”の企画を依頼されたことがそもそものきっかけです。なかなかこれというものが出てこなくて悩んでいたのですが、そのうちに“低スペック探偵”というアイデアが出てきました。すごい推理力の持ち主だけれど、日常生活がてんでダメ。さらに、低スペックのコンピュータが高負荷になるとすぐフリーズしてしまうように考えすぎると固まってしまう――そんな探偵です。この“低スペック探偵”は編集部の反応もまあまあ良かったのですが、いっそのことコンピュータそのものにしてしまえばいいんじゃないか、と。その発想からAI探偵が生まれました。

――本作に登場するAIの探偵・相以(あい)は、単なる推理マシンではなく、人間に近い人格をもったAIとして描かれています。

早坂 やっぱりミステリーは探偵のキャラクターが重要なんです。子供の頃、アガサ・クリスティが大好きだったんですが、それはやっぱり探偵エルキュール・ポワロのキャラクターに惹かれていたところが大きい。ですから、自分でミステリーを書くときも大切にしているのは、好感の持てるキャラクター性です。単純な推理マシンにしてしまうと、書いていてもつまらない。それに、AIの未来像としても、ただの機械だとロマンがないですよね。

――実際にAIを探偵にしたミステリーを書いてみて、苦労したところなどはありますか。

早坂 実は結構出たとこ勝負だったんです。現実の事象のなかから課題解決の枠組みを自分で設定できない「フレーム問題」というAIの機能的課題があり、それをミステリーのネタにするアイデアがあったのですが、他は何も思いついていない状態でした。ただ、実際に書き始めてみると、いろいろとネタが出てきて、実はAIとミステリーは相性がいいんじゃないか、と。

――第1作では「シンボルグラウンディング問題」「中国語の部屋」「不気味の谷」といったAIにまつわる諸問題がうまく物語に活かされていますよね。

早坂 探偵の相以は最初はまだAIとしての学習が足りなくて、「フレーム問題」や「シンボルグラウンディング問題」なんかでつまずいてしまいます。そのポンコツっぷりを物語の設定につなげることができました。そういった問題をクリアしていくことでAIとしての進化とキャラクターの成長を描いていけたのですが、学習することで知能がアップしてしまったので、続刊の『犯人IAのインテリジェンス・アンプリファー』ではポンコツ具合が書けなくなってしまったんですよ(笑)。次作はさらなる進化を遂げて、人間を遥かに超えた存在にしてみるのも面白いかもしれません。

――続刊以降では電脳世界を舞台にすることも考えていますか。

早坂 現実にAIがどんどん社会に進出していくなかで、人間とどのように関わっていくのか。このシリーズでは謎解きのミステリーだけでなく、そこも重要なテーマになっています。ですから、電脳世界を舞台にするよりは、リアルな世界で人間とAIのつながりとその変化を描いていくほうに興味がありますね。

AIが変える未来に人間が適応していく

――現在はAIの第3次ブームともいわれ、私たちの日常においても、さまざまなところでAIが活用されるようになっています。このような状況をどのように見ていますか。

早坂 まず、私なりの“AIの定義”を簡単にお話させてもらうと、製作者が定めたルール通りにしか動かないのはただのプログラムで、AIはそれ以上の動きができるものだと捉えています。

たとえばコンピュータが操作するゲームキャラクターはAIと呼ばれることもありますが、あれは人間が組んだプログラム通りの行動をしているだけで、私の定義ではAIには入りません。一方で、最新のロボット掃除機では、掃除をする部屋を自動的にマッピングして最適なルートを自ら構築するようなタイプもあります。こういった機能はAIと呼べるでしょう。

――進化していくAIが人の職を奪うのではないかという危惧もあります。

早坂 AIの普及によって人間の仕事のあり様が変わっていく可能性はあるし、実際それはすでに起こっているといえます。これまで人間がやっていた仕事をAIが代わって担っていくことで、これまで存在していた職業がなくなっていくこともあるでしょう。ただ、それに合わせて新しい職業がまた生まれてくるはずです。どれだけ仕事のあり様が変わっても、結局、人間がそれに適応していくことになるんだと思います。

――ある意味、AIの進化に人間の方が合わせていくということですか。

早坂 AIが社会に進出してくることは止められません。その需要がどこまで大きいのかは未知数ですが、コスト削減などのメリットがあれば企業は当然AIを使いますし、消費者も同じです。それは必然的な時代の変化でしょう。かつての産業革命でも、新しい仕事、需要が掘り起こされて、実際に人間はそこにどんどん適応していきましたから。これまでも技術の発展が人間の職業を変えてきました。

――AIが人間の代わりに多くの仕事を担うようになったとき、何か危惧することはありますか。

早坂 個人的には人の人生や運命を左右するような判断をAIに委ねることには抵抗感があります。たとえば、裁判官などはAIに向いていると言われていますが、現実にAIが裁判官になることはないでしょう。やっぱり人間の共通心理として、なかなか自分たちの審判を機械に任せることはできない。同じようにどれだけ進化を遂げたとしても、人間の人生に大きな影響を及ぼすような仕事の判断をAIが単独で行うようなことはないだろうし、そうした仕事にAIが関わることがあっても人間が補助的にAIを使うといった役割にとどまるのではないかと思います。

AIは感情に近いものを実装できる

――データの分析や機械の操縦などではなく、直接、人とやりとりをする仕事もAIができるようになるのでしょうか。

早坂 『探偵AIのリアル・ディープラーニング』作中でも言及しましたが、1966年に発表された会話bot“イライザ”にはセラピストモードがあって、実際に人間のカウンセラーとほとんど区別がつかないレベルだったそうです。実際、カウンセリングやセラピーはAIと相性がいいと言えるかもしれません。誰かに自分の話を聞いてほしいというのは人間の根源的な欲求ですし、生身の人間よりも機械相手のほうが話がしやすいという人もいるでしょう。そういう意味では需要は大きそうですし、将来的には人間のコミュニケーションを大きく変える可能性もありますね。

――具体的にはどういうことでしょう。

早坂 “のび太とドラえもん”のような関係は無理でも、ある意味でパートナー代わりとしてのAIはあり得ます。孤独感は人を動かす大きな要因で、孤独から出会い系やアルコール、ギャンブルなどにハマってしまう人はたくさんいますよね。パートナーとして機能するAIとのコミュニケーションは、そうした人間の孤独感を癒やすことにつながるかもしれません。さらにいえば、人間とAIが恋愛をするような未来だって可能性はあります。結婚率がさらに落ちるかもしれませんが(笑)。正直にいうと、私自身はAIと人間がペアになることは悪いことだと思わないんですよね。

――AIが人間と同じような感情を持つようになったり、人格を持った人工生命のように進化したりすることはありえると思いますか。

早坂 そもそも人間の感情がどのように生じるか、それが解明されていないので、人間と同じ感情そのものを持つようになることは難しいでしょう。ただ、感情に近いものは実装できると思います。人間の脳も電気信号によってアドレナリンなどの脳内物質が放出されて心拍数が上がるなどした結果、なんらかの感情が生じます。そうした諸条件を数値化してカテゴライズできれば、それを用いてAIに感情に模したパラメーターにすることはできるのではないか、と。ただ、直観的な道徳や倫理をAIに持たせることは難しいでしょう。そういう意味では、人間と変わらない完全な人格をもった人工生命も実現は難しいでしょうね。

AIのスピードをうまく活用できるか

――“シンギュラリティ”が起きてAIの能力が人間を完全に超えるような状況は訪れると思いますか? SFで描かれるディストピアのように人間がコンピュータに支配されるような世界を恐れる人もいますが……。

早坂 そもそもシンギュラリティの本来の意味は、AIが自分の能力を超えるAIを生み出せるようになった時点を指します。そこに到達すると、より知能の高いAIが次々と誕生して爆発的な進化を遂げ、やがて人間の理解が到底及ばないレベルになってしまう。それは可能性としてあるでしょう。

しかし、そんな超高度なAIが人類を征服するような事態が起こるかといえば、それはないと思います。どれだけAIが進化しても、たとえば軍事に関わる判断や行動には制限をかけるなど、どこかで歯止めはかけるはずです。もちろん、AI開発者の暴走を防ぐための何らかの規制も必要でしょう。

――SNSの隆盛、グーグルアースの全世界的な拡大、監視カメラやIoT機器のさらなる普及などによって、私たちの生活や社会のデータ化はどんどん進んでいます。そうした中では個人情報やプライバシーの保護も課題になりそうですが、どのようにお考えでしょうか。

早坂 社会のデータ化が進むことで監視社会を危惧する人は多いと思いますが、個人的には決して悪いことではないと考えています。たとえば、私は過去に公共機関で仕事をしていた経験があるのですが、国家や地方自治体は市民の個人情報をほとんどもっていませんし、縦割り行政の弊害で必要最低限の情報共有もほとんどできていない状態です。むしろ、データ化とAI活用が進んで情報の一元管理、ワンストップ化が実現するほうが私たちにとっても恩恵は大きいでしょう。

ただ、マイナンバー制度を見てもわかるように現場での運用がうまくいくかはまた別の話です。期待はしていますが、そんなに簡単にはいかないと思います。社会のデータ化にもまだまだ課題は多いでしょう。

――社会のインフラとなっていくAIは、どのような未来をもたらすとお考えですか。

早坂 AIが本格的にインフラのひとつになって進化していくと、社会の課題解決を基本的にすべてAIに任せてしまうような未来が訪れるかもしれません。あらゆる判断をAIに仰ぐような社会になると、AIがある種のオピニオンリーダーになってしまう。優れたAIのモデルは種類が限られていますから、その結果、全世界の人間の思考が良くも悪くも画一化していくような可能性も考えられます。そういった観点からも、AIが完全なインフラとして浸透する前にAIの開発者や企業の倫理的な問題に関する議論は必要でしょう。また、AIの技術開発を一部の企業に独占されるようなことがないように警戒することも重要です。

いずれにせよ、AIが今後さらに社会に浸透、普及していくことは間違いありません。そうした時代を生き抜くためには“スピード”というテーマを意識する必要があります。産業構造やコミュニケーションの形態が変わっていくなかで、スピードという観点では人間はAIに勝てません。そこで勝負をするのではなく、AIのスピードをうまく活用できるかどうかを意識することが、新しい時代をうまく生き抜く鍵となるはずです。AIが人間の代わりに仕事をするようになってトータルで生産力が落ちなければ、人はクリエイティブなことに従事したり、余暇を充実させたりできるようになるでしょう。AIはそうしたポジティブな社会を期待させてくれる技術でもあるはずです。