東京のスタートアップが提供する動画配信・再生サービス「SwipeVideo(スワイプビデオ)」が注目されている。ユーザーがスマホ上で自由に視点を切り替えられるのが特徴だ。多接続・低遅延の5G時代に即した先進性で、新たな映像配信のスターになる可能性もある。

これから大波が来る自由視点映像とは

2019年12月、フジテレビによる「2019 FNS歌謡祭」で、とある試みが話題を呼んだ。生放送中に撮影および生成し、番組公式Twitterに投稿されたアーティストのショートコメント動画を、視聴者が自らのスマートフォン(スマホ)で“自由に視点を切り替えて”視聴できるようにしたのだ。

スマホ画面を視聴者がスワイプするだけで任意に視点をスイッチできるのが利点。視聴者はまるで、テレビ局のディレクターがカメラアングルをスイッチするかのような体験を味わえる。つまり好きなアーティストの表情を前面からだけではなく、横からも背面からも簡単に楽しめる。イメージとしては映画『マトリックス』で、主人公のネオが弾丸を避けるシーンを思い浮かべてもらえばよい。

2019 FNS歌謡祭で提供したスワイプビデオのイメージ(提供:AMATELUS)

双方向性のダイナミズムに富んだ自由視点映像によるこのサービスを「SwipeVideo(以下、スワイプビデオ)」という。開発したのは2017年1月に創業したばかりの東京・渋谷のスタートアップ「AMATELUS(アマテラス)」だ。

自由視点映像は、大手企業も注目しているソリューションである。キヤノンはサッカーJリーグの2016年ルヴァン杯決勝や、2019年のラグビーW杯で多数のカメラで撮影したマルチアングル映像を公開。インテルには「True View」という技術があり、NFLでの活用例がある。KDDIが出資する米国の4D REPLAYは2018年の日本ハム公式戦や「2019年世界柔道選手権東京大会」などで提供した。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでも次世代映像体験として期待されている。

しかし、これらの自由視点映像は視聴者が任意に切り替えできるものではない。加えて100台級のカメラを設置するために撮影費が高額、高精細な映像素材のためデータ量が膨大、そもそも4G回線下では配信が非常に困難との課題がある。

スワイプビデオが画期的なのは、この課題をクリアした点にある。これまでブラウザ上での配信や再生が難しいとされてきた自由視点映像をクラウド配信できるようにしたのだ。映像処理に関する負荷を低減し、HTML5のみで動作するために専用アプリが不要。回線も4Gでストレスなく配信可能である。同社はこの技術に関して米国特許1件、日本特許2件を取得済みで、その技術力を武器にさらなる拡大を目指す。AMATELUSの創業者である下城伸也氏は、同社の強みについてこう話す。

AMATELUS CEOの下城伸也氏(写真:小口正貴)

「自由視点の切り替えは逆転の発想だった。大手の自由視点映像は生成技術に軸足を置いたもので、視点は数多く提供されていてもこちらで選ぶことができないからだ。ユーザーにしてみれば、自分のスマホで簡単に見たい視点を切り替えられたらうれしいはず。そう考えたのがきっかけだ。

当社ではマルチアングルの映像を合成せず、スワイプに応じたアングルのカメラ1台分のデータだけをクラウドから個別配信する仕組みを採用する。これにより、データの軽量化を実現した。またカメラ台数も無制限で、iPod touchのようなデバイスでも撮影できる。この独自の変換・配信技術で特許を獲得している。とにかくユーザーがぎこちなさを感じないような工夫を凝らした」(下城氏)

システム的にはHDの配信も現状可能だが、ユーザーのパフォーマンスと通信費の2つを考慮してハーフHDを推奨している。下城氏は「動画視聴デバイスの7〜8割がスマホという傾向を考えても、ハーフHDで問題ない」と言う。解像度よりもむしろ、切り替えられる感動のほうが大きい。ただし、大容量・低遅延の5G時代が本格化すれば、こうした問題も解決される。まずは4G環境下でスワイプビデオのユーザー体験を浸透させ、時が来たらギアを上げて行く方針だ。

同社では、スワイプビデオのクラウド配信ツールを販売するBtoBモデルを展開している。自由視点映像は通常の動画と作成手順が異なるため専用環境を構築する必要があるが、このツールはブラウザ上で動作。マルチアングルの映像素材をドラッグ&ドロップするだけで埋め込みタグが生成され、自社サイトからスワイプビデオを配信できるようになる。コストは月額利用料に保存量と配信量に応じた従量課金を合わせたものとなる。

「最初の会社を学生時代に立ち上げ、Webコンサルの世界で10数年間生きてきた。その経験から、コンテンツの根本を変えるには制作現場にツールを提供するのが最も手っ取り早いことを学んだ。撮影を請け負う場合もあるが、基本的に当社ではSaaSを提供するだけ。映像素材自体はそれぞれ、プロの現場で撮影してもらう。ターゲットはテレビ局、OTT(Over The Top)と呼ばれるNetflix、Disney+、Huluなどの動画配信サービス、通信キャリア、広告代理店などになる。

テレビ局とは相性が良い。2020年3月にはテレビ朝日の番組と連携し、アーカイブ映像をスワイプビデオで配信した。テレビ局では編集段階でカットされる未使用の映像視点素材がたくさんある。それを有効活用して、テレビ局の動画配信サービスで提供すれば付加価値の高いコンテンツにつながる。ある意味、カメラマンのモチベーション向上にもつながるだろう」(下城氏)

テレビ朝日のバラエティ番組「超人女子戦士 ガリベンガーV」の配信限定イベントでスワイプビデオが配信された(提供:AMATELUS)

例えば野球中継では10台を超えるカメラで撮影していることが珍しくない。ここにスワイプビデオを組み合わせれば、ファンは今までにない視点から試合の様子を堪能できる。取材の際、10台のGoProで撮影した卓球Tリーグの試合をスワイプビデオで体験したが、固定視点の試合中継とはまったく違う醍醐味を感じた。