親子の先見の明と地道な努力が実を結んだ

もちろんラセッテー製法には、天然の原料ならではの技術的な難しさはある。

「クロムなめしは、同じ薬品を使って同じプロセスを踏めば誰がやっても均一な品質が保たれるのです。でもラセッテー製法には属人的なノウハウがあるため、職人的な感覚が必要。なめし剤にはミモザアカシアという植物の樹皮を精練したものを使うのですが、季節によって質が変わります」

約1週間の工程の間、常に革の状態を手で触って確認しながら調整しているという。非常に繊細な作業だ。

「実は僕は薬品のpHなどの数値のことはわからない。工程ごとにリトマス試験紙を使って測るようなことはしません。革をこの手で摘んで感覚から割り出します」

こうした丁寧なものづくりが評価され、数年前からはヨーロッパの超一流ブランドから、唯一の豚革の供給元として選ばれている。

技術をオープンにすることで世界中に広めたい

唯一無二の技術を誇るラセッテー製法だが、実は特許を取得していない。背景には、製法そのものを広く普及させることで地球環境の維持に貢献したいという明宏さんの思いがある。

「この技術が普及して代替することができれば、汚染された排水が激減します。当社は従業員2人の町工場。技術を独占しても生産量はたかが知れています。それであればいっそのこと、技術をオープンにして未来の地球環境を良くすることに貢献しよう、と。そのほうが、夢があって良いでしょう」

この数年は国外への技術移転に力を入れている。2019年からは国際協力機構(JICA)の支援を受けて、モンゴルでの基礎調査を開始した。

「カシミヤが生産されるモンゴルではヤギの放牧が盛んなのですが、皮の多くはそのまま安価で国外に輸出されてしまっていることがわかりました。それを革に加工して付加価値のある資源として生かすための取り組みが、国をあげて行われようとしています。モンゴルは内陸にあるため水は貴重な資源。ラセッテー製法であれば汚れた排水を出さず済むということで、山口産業が手をあげたのです」

昨年は、明宏さん自身が8度もモンゴルに足を運び、5月には現地の大手2社と契約を結んで技術移転の第一段階を終えた。日本国内では「モンゴル産の革」を広く知ってもらうためのプロモーション活動も始めている。インドやアフリカなど他の国でも同様のプロジェクトができないか、という依頼が絶えないそうだが、「今は考えていない」と明宏さん。

「今はモンゴルの技術者をきちんと育成する。プロジェクトの売り上げの一部で人材育成の基金を作ろうと思っています。彼らが技術を習得することで、まず自分の国の水がきれいになる。その後は、彼ら自身が他の国に広めてくれると思うんです」

モンゴル産の子ヤギの革で作られたPR用のラグビーボール。柔らかな色合いと手触りは、ずっと触っていたくなる心地よさ。右は100%国産皮革の試作品の靴(写真撮影:中島有里子)
昨年末にモンゴルを訪れた際、大統領はこのプロジェクトに期待を込めてサインをしてくれた(写真撮影:中島有里子)

実は明宏さんには大きな夢がもう一つある。大容量でラセッテーなめしを行う工場を、日本各地に作るというのだ。その名も「やさしい工場」。原料皮はすべて食肉文化の副産物。目標は、国内で食用に消費されている月間130万頭の豚の皮を処理できるキャパシティまで広げることだという。月に5万枚を生産できる工場を、全国に20カ所作るという壮大な構想だ。

「今、日本はさまざまなものを輸入に頼っていますが、生活必需品に関しては国内の資源を使い、消費する体制を整える必要があると思っています。実際に今、日本人が履いている靴のほとんどが輸入品です。他方で国内の食肉の皮の売り先がなくて困っている。それを公正な値段で買い取り、国内に供給したい。実は大量生産の体制を整えることで、輸入品よりもコストが抑えられることもわかっています」

高齢者も安心して働くことができるよう65歳以上の人の雇用を考えるなど、環境以外の社会課題の解決も見据えている。明宏さん自身は今年で53歳を迎えるが、60歳になるまでに形にするのが目標だという。

他にも、害獣として駆除された動物の皮を全国の猟師から集め、革にして手元に返す「MATAGI(マタギ)プロジェクト」や、皮の生産者、製品化するクリエイター、そして消費者を繋ぐ「レザー・サーカス」など、動物皮革という切り口でさまざまな社会課題と向き合う。

「いろいろなことに手を出しているように見えるかもしれないですが、やっていることはただ一つ、環境にやさしい形で革を生産するということだけなんですよ」

工場内、木組みの専用干し場になめした後の革を1枚ずつかけて自然乾燥させる(写真提供:山口産業)