生物の行動様式や機能、デザインを模倣し、人々の生活に役立つ技術に変換する「バイオミメティクス」(生物模倣)。1950年代後半に提唱され、何度か時代に沿ったトレンドを生んできた。代表例はヤモリの足先を模倣したテープや、サメの肌を真似た低抵抗の素材。ただバイオミメティクスでの模倣の対象は、物理的な構造にはとどまらない。生物の動きや習性、社会性にも目が向けられ、次世代社会を切り拓くキーテクノロジーとして注目を集め始めている。

ヤモリの指に生えている繊毛にヒントを得たヤモリテープ、蚊の針に学んだ極細の痛くない注射針、ハスの葉の超撥水性を応用した塗料、かたつむりの殻のように汚れがつきにくいタイル、蛾の眼(モスアイ)を模倣し光を反射しない微細構造を持たせたフィルム、マグロの皮膚にヒントを得た水の抵抗を小さくできる塗料・・・。

(写真1)ヤモリの指。これを電子顕微鏡で拡大するとびっしりと繊毛が生えている(写真:Adobe Stock)

バイオミメティクスを応用した例はいくつもある。前述の例は一部に過ぎない。こうして見ると、生物、それも特に昆虫の身体の仕組みを「素材」に適用しているケースが多いことがわかるだろう。この動きを加速させたのは、ナノテクノロジーの発達である。生物が備える機構を観察・分析し、それを微細加工により同等のサイズで再現できるようになった。

模倣の対象として、とりわけ目立つのが昆虫、そして植物である。理由は単純。約175万種類とされる地球に存在する生物のうち、昆虫は95万種、植物は27万種を占めるマジョリティだからだ。それだけ、模倣の対象が数多くある。しかも、「4億年のときを経て磨かれた技術を持っているから。学ぶべきことは無尽蔵にある」(民間の立場で長くこの領域に関わってきたユニバーサルデザイン総合研究所の赤池学所長)。加えて日本は南方系、北方系の昆虫群が豊富に入り混じり、欧米に比べて研究者層が厚いことも強みだという。

ユニバーサルデザイン総合研究所
赤池学所長

最近はさらに、形状や機構に加え、生物の“動き”を模倣しようという取り組みが増えている。東北大学電気通信研究所の石黒章夫教授はムカデの動きを研究し、多足の動きが極めてシンプルな命令系統で成立していることを突き止めた。これにより、省エネ性能に優れたロボティクスへの今後の展開に期待が膨らむ。東京大学先端科学技術研究センター生命知能システム分野の神崎亮平教授は昆虫の脳や嗅覚センサーの研究を通じて、より高度な人工知能の開発や神経回路の究明に役立てようとしている。

岩手大学農学部では、ヤママユガの幼虫が越冬時に分泌する休眠物質(ヤママリン)に着眼し、がん細胞を眠らせる副作用のない抗がん剤を開発中である。シルクの研究者として名高い東京農業大学農学部農学科の長島孝行教授は、抗アレルギー性、UV性能に優れた野生種カイコのシルクを用いた高級化粧品を開発。また、インドネシアに生息するクリキュラが紡ぐ黄金繭の活用にも力を入れる。

(写真2)クリキュラが紡ぐ黄金の繭

サステイナブルな社会の実現に大きく貢献

実はバイオミメティクスは、もっと大きな可能性を秘めている。理由の一つは模倣の対象が複数個体の動きや習性、生態系といったところまで広がりつつあること。そしてもう一つ。模倣以外にも生物資源を活かす動きが盛んになっていくことが挙げられる。赤池氏は、「バイオミメティクスは、模倣(バイオミミクリー)と、生物由来の物質(バイオユーズド)、生物由来のデザイン思考(バイオインスパイアード)、生態系の循環に合わせたデザイン(バイオガイデッド)の4分野からなる」と説明する。分かりやすいのはバイオユーズドだろう。ユーグレナが開発するミドリムシ由来のエネルギーなどが代表例だ。

(図1)赤池氏によるバイオミメティクスの分類(同氏の説明資料より引用)

バイオガイデッドやバイオインスパイアードは、サステイナブルな社会の実現に向けて威力を発揮する。「バイオガイデッドの概念は生物の生態系循環に寄り添えるエンジニアリングのこと。例えばグリーンレジリエンスと呼ばれる自然資本を生かした防災・減災の取り組みなどだ」(赤池氏)。

既に土木工学の現場では、グリーンレジリエンスの思想が生かされている。日鐵住金建材が開発した「ノンフレーム工法」は、樹木を伐採せずに斜面を安定化させる手法で、環境保全はもちろんのこと、工期の短縮や施行時の安全性が高いといった長所がある。「彼らは健全な森がなぜ崩れないのか研究を重ね、生えている樹木の縦と横の根のネットワークに強さがあることを発見した。伐採を伴わないため、現場の生態系が確実に担保される」(赤池氏)。

(図2)ノンフレーム工法のイメージ(日鐵住金建材の紹介ページより)