日本におけるバイオミメティクス研究の第一人者である千歳科学技術大学理工学部 応用化学生物学科の下村正嗣教授は言う。「地球レベルで考えたら、生物の社会は非常に大きなもの。これまではヤモリの指のように個体の機能について研究してきたが、実際はアリ1匹でさえ相互作用して生きている。今は、生物のエコシステムや設計思想をきちんと見直そうという動きが出てきている」。

バイオミメティクス研究の第一人者である下村氏

最たる例として挙げられるのが、アリ塚の天然空調システムを応用したアフリカ・ジンバブエのショッピングセンターだ。このビルでは温度を一定に保つアリ塚の構造を模倣し、冷房のエネルギーコストが通常のビルと比較して約10%に抑えられている。

「人間は産業革命以降、鉄で構造を作り、アルミで空を飛び、シリコンでいろんな情報を手に入れるようになった。ほとんどのモノが酸化物の形で世の中に存在しているわけだから、還元するためには化石原料エネルギーを使うことになる。しかし、自然界は貝殻一枚取っても、常温・常圧の条件下で合理的なモノづくりをしている。生物の技術体系は完全にサステイナブル。パラダイムが全く異なる世界を見つめることで、環境問題に対する解も出てくるのではないか」(下村氏)。

「第5次産業革命」の核、国レベルでの競争はさらに加速

冒頭でも触れたように、バイオミメティクスは技術分野として必ずしも新しくはない。バイオミメティクス全体を見ると研究分野・対象が総花的であるだけに、ものづくりにおけるハードウエアの小型化や信頼性向上、情報処理における高速性の追求のように、業界全体が向かっていく目標のようなものもない。

それでもバイオミメティクスは、世界的に今後の成長分野と見られている。例えばドイツでは国策として生物に学ぶエンジニアリングを強化しており、「BIOKON」という産学官ネットワークを組織。日本と同じく歴史的に工学分野が強いことから、さまざまな企業が個別に取り組んでいる。中でも産業機器メーカーのFestoは積極的で、2015年の展示会において個々が協調して動くアリ型ロボットの「BionicANTs」を公開し、大きな話題を呼んだ(関連動画https://www.youtube.com/watch?v=FFsMMToxxls)。実はこれが、工場の効率化、つまりインダストリー4.0の未来像につながる。

一方、フランスは「グリーンエコノミクス」という環境的な側面から注力する。2014年、パリ市郊外のサンリス市にバイオミメティクスの研究開発拠点となる「CEEBIOS」を開設。研究所やビジネスセンター、職業訓練校、展示場などを併設した大掛かりな施設で、企業との連携にも意欲的だ。そのほか、米国は先に挙げたサンディエゴ動物園や米国国防高等研究計画局などが先導し、今や技術大国となった中国や韓国も追随する。

この状況を鑑み、国として本腰を入れてこなかった日本もようやくバイオミメティクスに目を向け始めた。2012年に文部科学省が新学術領域研究として取り上げたのを皮切りに、環境省、総合科学技術・イノベーション会議(内閣府)、特許庁らが続々と普及推進策を検討・開始。また「日本再興戦略2016」にはAIやIoT(Internet of Things)を重点強化する第4次産業革命が盛り込まれたが、この政策を主導する経済産業省は、続く第5次産業革命の柱としてバイオミメティクスを含むバイオテクノロジーを掲げる。

テープやタイル、塗料といった「モノ」から、家屋や工場内の仕組み、バイオガイデッドのような社会システムにまで、バイオミメティクスの適用範囲は広がり始めている。今後、国の政策や研究開発の加速に伴い、注目度が高まり、様々なドメインでのバイオミメティクス活用が進んでいきそうだ。

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