現代社会はあまりにもお金に振り回されて、行き過ぎた資本主義は人々を幸せから遠ざけているとも指摘されている。法定通貨とは全く異なるベクトルの価値観を内包した新しい通貨を作ることにより、資本主義の軌道修正を試みているのが、2018年に設立されたベンチャー企業のeumo(ユーモ)だ。創設者は、社会性を重視した投資を行う鎌倉投信の共同創業者として、投資とお金の常識を覆してきた新井和宏氏。コミュニティ通貨「eumo」は同社の主要事業の一つで、今年6月以降の公式版アプリのリリースに向けてこの春に実証実験を終えた。「共感資本社会」という新しい考え方を掲げ、幸せが巡る社会の実現を目指す新井氏の新しい挑戦を聞く。
複数のコミュニティに属すれば、人は争わない
──eumoでは「共感資本社会」という考え方を提唱しています。
新井氏(以下、敬称略):「本当に大切なものは、お金で買うことができない」。これは、みなさんがよく口にされることです。しかし実際には、現代社会は「お金があればなんとかなる」とか「幸せになれる」という考えに支配されています。つまり、幸せになるための手段であるお金が、いつの間にか人生の目的になってしまっているのです。
それでは、どうすれば人生の目的を取り戻すことができるのか。「生きがい」や「自己実現」など、人間が幸せを形作る要素を大切にできる社会へ向かうには何が必要なのか。そのことを考えて提唱し始めたのが「共感資本社会」という考え方です。
現代社会は、一つの尺度を使った競争にあまりにも慣れてしまいました。日本の場合は高度経済成長の頃から、学校では偏差値で、社会に出てからは売り上げ利益などの単一の尺度で人間の価値が決められるようになり、それがずっと続いています。

尺度が一つなので競争させるには便利なのですが、必ず負ける人がいる。つまりこの方法で幸せになれるのはほんの一部の人間です。逆に考えれば、より多くの人が幸せになるには社会に多様な尺度があれば良い。その時に使えるのが人間に備わっている「共感力」です。Aに共感する人がいれば、Bに共感する人もいる。それぞれが共感するものを大事にしているという社会では、競争する必要がありません。
スポーツの応援を考えるとわかりやすいでしょう。野球は広島のチームを、サッカーは東京のチームを応援するという具合に、異なる共感の軸を持った複数のコミュニティに所属できます。野球の時はライバル同士でもサッカーの時は共に応援するというのは自然なことです。多様性を含んだ社会というのは、まさにこのような状態だと思います。最近は「共創」社会という言葉が多用されるようになりましたが、そもそも尺度が一つだけでは実現できないことです。
「共感」は、人間を人間たらしめるものだと言われています。京都大学の総長で霊長類学者の山極寿一先生によると、他者との差異を認めて複数のコミュニティに属することができるのは人間だけだそうです。また、米マイクロソフトのCEO(最高経営責任者)、サティア・ナデラ氏は他者へ共感する力をAIが身につけることは非常に困難であると言っています。また経済学の父と言われるアダム・スミスでさえ、当時から『道徳感情論』において感情の重要性を説いてきました。
私が考える共感資本社会とは「共感」という目に見えないけれども人間の根本にあるものを世の中に循環させることによって、行き過ぎた資本主義を軌道修正することにほかなりません。