──なぜ今、こうした組織が必要なのでしょうか?

黒田:かつて日本の半導体産業は、ジャパン・アズ・ナンバーワンの象徴でした。

DRAMにしてもフラッシュメモリー※にしても、日本は優れた製品を作り世界一になったわけです。けれども、最終的に資本力で敗れました。

※DRAM(Dynamic Random Access Memory)は、半導体メモリーの1種で、長年、コンピュータの記憶メモリーの主流であり、現在もPCや大規模システムの主記憶に大量に使われている。大容量化でき、かつ高速動作も可能。CPUと並んで半導体デバイス(半導体チップ)の象徴とも言える。かつて日の丸半導体が世界を席巻した時の主力製品がDRAMであり、今ではサムスン電子、韓国SKハイニックス(SK Hynix)、米マイクロン(Micron Technology)の3社で市場をほぼ独占している。電源が入っている時にデータの読み書き、保持ができる。これに対してフラッシュメモリーは、電源が入っていなくてもデータの保持ができるためハードディスクと同じように使える。USBメモリーやメモリーカードをはじめ、最近では大容量化が進みハードディスクの代替としてのSSD(Solid State Drive)に使われている。

規格が統一されている汎用チップを大量に生産して販売することが過去50年間における半導体ビジネスの中心でした。このような投資額の大きさで決まる力相撲の中で、あるいはマラソンの中で日本は最後に脱落したというのが私の理解です。d.labとRaaSは、いったんは脱落した日の丸半導体の存在感を別の形で取り戻すものであるとも言えます。

日本の半導体産業が体力競争で脱落した結果、国内で半導体を作っていたメーカー各社とも、「我が社はもうデバイスには投資しない。これからはソフトウエアのほうに重心を置いて、サービスを展開する」という、デジタル・サービス、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の方向に経営者の皆さんは舵を切りました。

現在、半導体の微細化技術で世界最先端を走っているのは韓国サムスン電子と台湾TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)、米インテルの3社だが、最近インテルは生産ラインの微細化競争でサムスンとTSMCの2社に後れを取っていると言われている。表は、半導体の微細化の尺度を示す「プロセスノード」(単位はナノメートル=nm)ごとに、対応できた国別の半導体メーカー数を表示したもの(表は黒田忠広教授提供のデータから)
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現在、半導体の微細化技術で世界最先端を走っているのは韓国サムスン電子と台湾TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)、米インテルの3社だが、最近インテルは生産ラインの微細化競争でサムスンとTSMCの2社に後れを取っていると言われている。表は、半導体の微細化の尺度を示す「プロセスノード」(単位はナノメートル=nm)ごとに、対応できた国別の半導体メーカー数を表示したもの(表は黒田忠広教授提供のデータから)

AI時代に再び注目、PCの父・アラン・ケイの言葉

──日本のメーカーは競争に負け、ソフトウエアやシステム構築提供などに舵を切ったということですね……。

黒田:時代の大きな流れで言うとその通りなのですが、今はハードウエアの意味というか、意義が問い直されている時代です。かつて、パーソナルコンピュータの父と言われるアラン・ケイが「ソフトウエアを本気で考える人たちは、自分でハードウエアを作ることになる」と言っています。それはまことにもってよくわかった人の言葉でして、舵を切った日本の経営者の皆さんも内心は大変悩んでおられるのです。

ここで、ハードウエアという言葉は、今の時代ではAIやIoT、5Gに関する独自の機能を持たせた自前の半導体チップのことを指します。ものづくりの業界ではシステム・オン・ア・チップ(System-on-a-chip)、略してSoC(エスオーシー)などと呼ばれています。AI時代、ポスト5Gの時代には自社でどれだけ高性能なSoCを設計できるかが競争力の源泉になります。

昨年、RaaSに入りませんか、ということでいろいろな経営者の方とお話しをさせていただいた時に自分でハードを作れなくていいのだろうか」という悩みというか迷いがひしひしと伝わってきました。ソフトやDXに舵を切ったはいいが、本当にこれでいいのかという思いは今も必ずどこかに持っておられる。

だから、ソフトやDXに注力するという経営者の方に「ハードはどうするんですか?」と問うと、「ハードは自分たちのところでは開発しません、買ってきます」とおっしゃる。つまりハード製品を作るにしてもその頭脳になるような半導体チップは買ってきて組み立てるんだというわけです。だけど、買ったハードではもはや競争できない、太刀打ちできない時代に入ろうとしています。

では、自分たちで半導体チップを作れればどんなものでもいいかというと、それは違います。既存の半導体技術のままで作ったとしても、エネルギー効率が悪くて十分な性能が出せなくなってきている。クラウドの時代になり、ハードの電力消費をどう小さくするか、どう放熱をするかがもう限界に近いところまで来ているんです。既に10年くらい前から、性能を遺憾なく発揮できない状態になっています。

この状況を打破するためには、従来の延長上にある半導体技術ではなく、発想を大きく変えた半導体チップを上手に早く開発する半導体技術、つまり、エネルギー効率が10倍の半導体チップを、10倍の開発効率で手早く設計できる技術が必要なのです。

黒田教授が描く今後の半導体チップのイメージ図。図中でSoCはシステム・オン・ア・チップ(System-on-a-chip)の略で、コンピュータ機能を1つの半導体チップの中に作り込んだものと考えればいい。図はそのSoCとDRAMや他の機能を持つパーツを立体的に接続し、1つのパッケージに集積したものであり、この全体が1つのSoCでもある(ビジュアル提供:黒田忠広教授)
黒田教授が描く今後の半導体チップのイメージ図。図中でSoCはシステム・オン・ア・チップ(System-on-a-chip)の略で、コンピュータ機能を1つの半導体チップの中に作り込んだものと考えればいい。図はそのSoCとDRAMや他の機能を持つパーツを立体的に接続し、1つのパッケージに集積したものであり、この全体が1つのSoCでもある(ビジュアル提供:黒田忠広教授)