性能を10倍まで出せる半導体チップとは

──これまでの半導体チップでは、たとえ自分で作れたとしてもダメなのでしょうか?

黒田:そうです。これからはエネルギー効率を従来の10倍高くした半導体チップを手早く作れることが決定的に重要です。そうしないと、競争力のある製品やサービスをいいタイミングで提供できず、勝負の土俵に上がれません。

しかし、従来の技術ではこうした半導体チップは作れませんし、作れても開発スピードが遅ければ勝負になりません。だからこそ今、世界中が競ってそういうエネルギー効率の高い半導体チップの開発と、その設計・製造技術の構築を急いでいるのです。

極端に言えば、半導体チップのエネルギー効率を10倍高めた人は性能を10倍まで出せるようになります。ただ、それが非常に難しい。プロセッサとメモリーの間でデータをやり取りするところ、いわゆる「フォンノイマン・ボトルネック」に電力を使いすぎているからです。

どんなにプロセッサやメモリーの中を微細化し大容量化していっても、その間を結ぶ配線のところで電力をいっぱい使ってしまう。だから、ハードを冷やすのが大変で、空冷では間に合わず、水冷にしないと十分な性能が出ない状況になっています。

半導体製造技術のトレンドを見ると、もうちょっと微細化は続きそうです。いわゆる「ムーアの法則」はあと少しだけ続くでしょう。今、半導体の量産ラインとしては微細化の目安で言うと3nm(ナノメートル)の生産ラインまで考えられていて、その先の議論も始まっています。この微細化によって、単位面積当たりにより多くのトランジスタを集積することができ、もうちょっと性能を上げられそうです。しかし、エネルギー効率の問題は解決できません。

半導体チップのエネルギー効率(電力効率)は20年の間に3桁改善した。今後、さらにエネルギー効率を改善していくことで2030年には脳の電力効率に迫れる。逆にエネルギー効率を改善できなければハードウエアのパフォーマンスは十分に出せない(図提供:黒田忠広教授)
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半導体チップのエネルギー効率(電力効率)は20年の間に3桁改善した。今後、さらにエネルギー効率を改善していくことで2030年には脳の電力効率に迫れる。逆にエネルギー効率を改善できなければハードウエアのパフォーマンスは十分に出せない(図提供:黒田忠広教授)

黒田:このことを示す良い例がスマートフォンです。例えば、スマホの中にある半導体チップ内に集積された膨大な数のトランジスタのうち、今この瞬間、電源を入れられるのは10分の1だけなんです。トランジスタが10億個あったとしても1億個のトランジスタしか動かしていない。残り9億個にはこの瞬間休んでおいてもらわないと電池がもたない。この働いていない9億個のトランジスタは「ダークシリコン」などと呼ばれている。

もう10年くらい前からこのダークシリコンが増えているんです。ダークシリコンというと響きは宇宙物理学のダークマターみたいで格好いいんだけど、私たちが使っているハードの中では何もいいところがない。ダークシリコンがあるとハード全体の性能を引き出せない。ハードの性能は電力、つまりエネルギーが律速しているんです。逆に、今後開発する半導体のエネルギー効率を10倍高めた場合は、10億のトランジスタを全部使って仕事ができる。ダークシリコンをなくせる。同じ消費電力で10倍性能が上げられるということです。

先端半導体はクラウドとエッジの両方で使われる

──エネルギー効率を10倍高めた半導体チップはどのような分野で使われるのですか?

黒田:コンピュータの世界ではサーバー側を指す「クラウド」と利用者や端末側を指す「エッジ」という言葉がありますが、その両方です。ただ、クラウドはGAFA※が牛耳っている世界です。特に米国勢が強く中国が次いで強いので日本はなかなかこうしたクラウドのビジネスに入っていくのは難しい。

※Google、Amazon、Facebook、Appleの米国主要IT企業4社を指してGAFAと呼ぶ。4社にMicrosoftを加えてGAFAMと称することもある

では日本の企業がどこで勝負しようとしているのかというと、エッジ寄りです。エッジというのはネットワークから見ると端っこ、具体的にはスマホやIoT端末がそうですし、スマートカー、スマートファクトリーの中の次世代ロボット・製造装置もエッジになります。

AIが登場し5Gの時代になり、ビッグデータと機械学習、深層学習、さらには5Gによる高速通信を掛け合わせたら、ものすごくいろいろなサービスができるようになってきました。世界が大きく変わろうとしている今、膨大な計算はクラウド側だけでなくエッジ側でも必要になってきています。処理されるデータ量は指数関数的に増えていますし、AIの処理そのものも指数関数的に複雑なものになっています。この傾向は今後さらに加速するでしょう。

AIと5Gが様々な場面で使われるようになると、エッジ端末側にもAI機能を持たせて高度な情報処理をするようになる。こうした協調分散処理の在り方をエッジ・コンピューティングなどと呼ぶ。エッジ・コンピューティングでは、スマホやスマートカー、産業ロボットや製造装置、スマートオフィス、スマートホーム、スマート家電など、ありとあらゆる所でエッジ端末が使われ、それぞれの端末の中に高性能半導体チップが入り頭脳の役割を果たすようになる
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AIと5Gが様々な場面で使われるようになると、エッジ端末側にもAI機能を持たせて高度な情報処理をするようになる。こうした協調分散処理の在り方をエッジ・コンピューティングなどと呼ぶ。エッジ・コンピューティングでは、スマホやスマートカー、産業ロボットや製造装置、スマートオフィス、スマートホーム、スマート家電など、ありとあらゆる所でエッジ端末が使われ、それぞれの端末の中に高性能半導体チップが入り頭脳の役割を果たすようになる

黒田:こうした状況は今、世界の半導体の作られ方を見ればわかります。事実、世界最先端の半導体製造ラインの多くは、5G関係とAI関係に使われています。今や世界最大手の半導体受託生産企業となったTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)の7nm(ナノメーター)や5nmの生産ラインは世界各地からの発注で満杯なのです。

日本企業が興味を示しているエッジは非常に重要で、例えば、世界中の耳目を集めている自動運転技術でもエッジとしての車をクラウドとつなごうとしている。現在の自動車は既に半導体チップのかたまりですが、今後はAIや5G、さらに高速通信ができるポスト5Gの機能を備えた超高性能半導体チップが載ってくるわけです。

また、「ローカル5G」と言って、工場の中だけやプライベートの中だけ、5Gでいろいろな機器をつないで、より密に結合させたい、あるいはより柔軟なネットワークを作ろうという動きが各所で進んでいます。例えば、工場ではファクトリーオートメーションのために一生懸命ネットワークを作り、AI技術を導入してロボットや製造装置などの機器同士をつなぎ、スマートファクトリー化を図ろうとしていますよね。これは第4次産業革命とも呼ばれ、日本では「Society5.0」の核の1つとなっていますが、まさにこれです。家の中のインテリジェント化を狙う「ホームオートメーション」にも、超高性能半導体チップが不可欠です。