コロナ禍の酒蔵を救う活動に尽力。奇跡のタイミングで「缶」と出会う

玄さんが2020年2月に起業したAgnaviは、日本の生産者と世界の消費者を直接つなぐ情報プラットフォームの構築を標ぼうする。本来の事業の柱は、食分野のコンサルティング業務やイベントプロデュースなど。缶入り日本酒の取り組みは、起業直後に深刻化した新型コロナウイルスの影響がきっかけだった。

「起業した直後にコロナの感染が拡大して、全国の農業生産者は本当に厳しい状況となりました。しかし必ず突破口はあるので解決策を探し続けることが大事だと思いました。母校・東京農大が関係する領域では、酒蔵が厳しかった。それで緊急事態宣言下の2020年5月、全国新酒鑑評会で金賞の受賞歴がある松岡醸造(埼玉県小川町)などを資金面で支援するクラウドファンディングを立ち上げたんです」

クラウドファンディングは反響を呼び、1000万円を超える支援金を集めて、酒蔵に具体的な支援を実施した。この活動をきっかけに、全国の多くの酒蔵の苦境がさらに見えてきた。

「全国の酒蔵で働く人の約半分を東京農大出身者が占めると言われていますが、感染の拡大が止まらないなか、経営が苦しい事業所が増える一方で、急いで支援を拡大しなければと思いました」

2020年9月から10月にかけて行なったのが、Agnaviが事務局となり、東京農業大学と日立トリプルウィン(日立キャピタルグループ)の協力を得て取り組んだプロジェクト「日本酒プロジェクト2020」だった。クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」を通じて41の酒蔵を直接支援するというこの取り組みも、2600万円以上を集めて成功を収めた。

だが、玄さんの心の中に「つなぎ資金を提供するだけでは短期的なサポートにしかならない。本当に必要なのは中長期的に酒蔵をサポートできる未来に向けてのビジョンだ」との思いが強くなっていた。

実は、日本酒マーケットには大きな可能性が隠されているという。

「日本酒は下り坂と言われる一方で、日本食ブームと共に海外での人気が高まっており、小売ベースで6100億円の市場規模を持つ日本酒の200億円以上が今や海外向け。10年前と比較して3~4倍の規模となっています。政府は、2020年に1兆円となった農林水産物・食品の輸出額を2030年に5兆円を目指す計画を作成しており、日本酒はその重点項目の1つです。一方、日本酒の美味しさに気づき愛好する国内の若い世代は増えていて、消費者へのアクセスの良い銘柄は販売数が伸びている。アイデアとイノベーションがあれば逆転可能なのではと感じていました」

そんな時、日本の酒蔵業界を救いたいと情熱を燃やす玄さんのことを知った大企業が声をかけた。「東レ様からご連絡があり、『日本酒缶』というのがあるのだが、興味ないかと打診があったんです。興味ありますと即答しました」

製缶メーカー最大手の東洋製罐が開発した日本酒充填システムの「詰太郎」。おでん屋台ほどの大きさで、1合(180mℓ)の日本酒を1分間に20缶のペースで缶に充填可能とする(出所:東洋製罐)
製缶メーカー最大手の東洋製罐が開発した日本酒充填システムの「詰太郎」。おでん屋台ほどの大きさで、1合(180mℓ)の日本酒を1分間に20缶のペースで缶に充填可能とする(出所:東洋製罐)
缶への充填の様子(出所:東洋製罐)
缶への充填の様子(出所:東洋製罐)

缶への印刷技術を持つ東レが玄さんに紹介したのは、製缶メーカー最大手の東洋製罐が開発したコンパクトな日本酒充填システムである。おでん屋台ほどの大きさで、1合(180mℓ)の日本酒を1分間に20缶のペースで缶に充填可能。その名も「詰太郎」というマシンだった。

東洋製罐は、日本酒の文化と産業を救うために詰太郎を普及させる活動を始めており、それは玄さんが探し求めていたイノベーションそのものだった。

2020年9月28日、玄さんは、東レ主催のセミナー「【コロナ禍で世界戦略!?】日本酒のポテンシャルを引き出す缶の未来」に登壇して、東洋製罐の担当者と缶入り日本酒の可能性について熱く話しあった。

そして同年10月、通販サイトのIchi-Go-Can(いちごうかん)がスタートした。先にも触れたが、表向きは缶入りの日本酒を「クラフトSAKE」と位置付けて販売するサイトである。だがその本質は、消費者がさまざまなクラフトSAKEをワンストップで入手できる商流を構築、さらには海外輸出も視野に入れた新しいマーケット創造プロジェクトの第一歩だ。

ここに至るまでの速度は、まさに20代の才気がなせるスピード缶(感)だった。