不便益を含む「未知なる益」を探求するメリット

野崎:実際には不便益とそれに近しい概念があちこちで機能しています。例えば音楽産業です。ここ数年でクラウド型の音楽サブスクリプションサービスが普及しました。一方で、米国では2005年以降レコードの売り上げが増え続けており、2020年の上半期はCDの売り上げを超えた、というニュースがありました。音楽フェスの売り上げもどんどん上がっています。音楽を視聴する上で便利か不便かという観点で見ると、これらの音楽体験はサブスクに比べるとずっと不便ですよね。

今の時代にレコードやフェスを好む人には、「ずっとレコードを聴いてきたから」「生で演奏を聴いてきたから」といったノスタルジックな理由を挙げる人が多くいると思います。特に私たち世代やさらに上の世代の方ではそういった理由が多いでしょう。ですが、サブスクのある時代であっても、今の若い層にこれらを好む人がどんどん増えているんです。それはなぜか。現在は、サブスクがあることによって相対的な価値が浮かび上がっているからです。人それぞれレコードやフェスを好む理由は違うと思いますが、このように相対的に浮かび上がった価値の根源に、これからの価値づくりのヒントがあると思います。

先の例に限らず、不便益を含む、「ただ便利というわけではない益」の可能性がまだまだあると考えていますが、「不便益」の定義だけでは捉えられない益の存在にも私たちは着目しています。そのため、我々の共同研究コミュニティでは、扱う対象を不便益から拡張し、「Undiscovered Benefit(不便益を含む未知なる益)」としました。これからの時代に求められる価値を探究し、社会実装をしていくためには、Undiscovered Benefitを定義し、その発動条件(価値が顧客や市場に明示的に認識されるための条件)などを含めて考えていく必要があるのではないか、という意識が前提にあります。

時代のニーズを反映し予想以上の応募数に

──共同研究コミュニティを立ち上げた経緯を教えてください。

野崎:我々は取次大手の日販と一緒に、2018年に書店「文喫(ブンキツ)」を立ち上げました。文喫は訪問者から入場料をいただく形を採っています。一般的な書店より入店のハードルは上がりますが、お金を払っていただくことで本を選ぶことへの意識を高めたり、あるいは文喫のコンセプトである「本と出会う」モチベーションを喚起できたりといった効果が狙えると考えました。結果として、購入していただく確率や、顧客単価を高めることに成功したのです。

書店「文喫(ブンキツ)」の外観と内観。文喫は「本と出会うための本屋」というコンセプトの下で、日本出版販売の依頼を受けてスマイルズがプロデュースした本屋。最大の特徴は、メインスペースに入るためには入場料(1500円・税別)を払う必要があること。約3万冊の書籍を並べているが、書籍1種につき1冊ずつ。「本との出会い」の楽しみを演出するべく、滞在時間は無制限、コーヒーや煎茶は飲み放題。選書室のほか、展示室、閲覧室、研究室、喫茶室などを用意し、様々な過ごし方ができるようにした。荷物を預けられるロッカーも設置してある(写真提供:スマイルズ)
書店「文喫(ブンキツ)」の外観と内観。文喫は「本と出会うための本屋」というコンセプトの下で、日本出版販売の依頼を受けてスマイルズがプロデュースした本屋。最大の特徴は、メインスペースに入るためには入場料(1500円・税別)を払う必要があること。約3万冊の書籍を並べているが、書籍1種につき1冊ずつ。「本との出会い」の楽しみを演出するべく、滞在時間は無制限、コーヒーや煎茶は飲み放題。選書室のほか、展示室、閲覧室、研究室、喫茶室などを用意し、様々な過ごし方ができるようにした。荷物を預けられるロッカーも設置してある(写真提供:スマイルズ)

私の高校の同級生が、コミュニティでご一緒している電通に当時在籍していまして、文喫のことを知って、連絡をくれました。「文喫の考え方と近いようなことを研究している人が京大にいる、一緒に何かやったら面白い成果を出せるんじゃないか」と声をかけられました。そこから川上先生をはじめとした関係する皆さんとつながりまして、このコミュニティの立ち上げに至りました(筆者注:当時川上氏は京都大学に在籍していた)。

川上先生や平岡先生には、コミュニティの中心メンバーとして加わっていただいています。私たち産業界側のメンバーとしては、先生方に加わっていただくことで、学術的な観点が確かな活動にしたいという狙いがあります。一方、先生方には、このコミュニティを産学連携の場として活用していただくことを考えています。

──現在の主な活動内容を教えてください。

Undiscovered Benefitの具体的な事例を集めています。様々な事例から帰納法的にプロセスを検証して、どうして効果があるのかといった裏側にあるロジックや、この分野に関連する言葉の定義を作り、Undiscovered Benefitを生み出すための方法論を確立することを目指しています。

具体的な事例を数多く集めるため、様々なジャンルの方に幅広く研究に参加していただくことが必要だと考えました。そこで今春、期間を半年、定員5人で研究会への参加者を募集したところ、予想以上の大きな反響をいただき、24人の方にご応募いただきました。ですので定員を10人に拡大して、4月から活動を始めたところです。参加者は、メーカーのR&D(研究開発部門)の方や、自治体でDX(デジタル・トランスフォーメーション)推進に取り組まれている方、デザイナーの方などですね。

──新しい商品・サービス開発の切り口を求めている方々とお見受けします。新しいアイデアの創出に向けて、課題意識を強く持たれているのでしょうね。