まずは全体の地図を描く

──方法論を確立する、ということでしたが、今春から開始した第一期の活動の半年間で、どんな成果を出したいと考えていますか。

野崎:まずはUndiscovered Benefitに関する全体の地図を描くところまでいけたら、と思っています。不便益という“大陸”があって、不便益ではないけれどそれに近い様々な大陸や“島”があって、それを進む場合の様々な“航路”が考えられて、といった具合です。Undiscovered Benefitをどういう場面で使うと効果的なのか、といった点も明確にしたいですね。

方法論を確立する、というお話をしましたが、これは今までの自分たちの取り組みから得られた「実業知」を、社会実装のために広く展開したいという思いがあるからなんです。

私は最近、当社のコンサルティングの考え方をまとめたマーケティング分野の本を出しました(筆者注:書籍『自分が欲しいものだけ創る!』、著者は野崎亙氏、出版社は日経BP)。「過去の成功例を見れば、マーケティングの理論に頼るより、N=1、つまり担当者個人が本当に欲しいと思うものをまず作ることが大切なのは明らかだ。理論は検証や改善に使えるが、決して理論に振り回されてはいけない」といった内容です。ここに書いたことがUndiscovered Benefitだと意識していたわけではないのですが、振り返ってみると、かなりの部分で考え方が重なっています。

──事業家や企画者が「自分が本当に欲しいもの」を探っていくプロセスにおいて、無意識のうちにUndiscovered Benefitに類する価値を探索している可能性がある、ということですね。

野崎:この本は、企業のマーケティング担当者の方から「とても共感した」「本で書かれていた方法を実践したいからコンサルしてほしい」といった反響を多くいただきました。既存の論理に対して非常に逆説的であるがゆえ、読者の方が社内でプレゼンする場合に「なぜこの方法を採るべきなのかをうまく説明しにくい」という声があったのです。ですので、当社としてはこのコミュニティ活動を通じて多角的な理論強化を行い、コンサルティングサービスにおいてこうした要望に応えられるようにしたいとも考えています。

新しい価値の考え方や尺度を社会に示す

──産業界ではイノベーションの必要性が語られて久しいです。また、「ウェルビーイング」という言葉を通じて、経済価値だけでは測れない人の幸福感をどう高めるかという議論が増えています。不便益を含めたUndiscovered Benefitの研究は、産業界や社会にどんな指針を提供できそうでしょうか。

野崎:最近DXが話題になっています。DXの議論を見ていると、主に効率化などの「便利性」を求めてDXを推進する、という話が多いように感じられます。これに対して私は、DXにおいても、Undiscovered Benefitを内在化した顧客体験を生みだすことが目指すべき本質だと考えています。

企業にとって効率化は大切な取り組みです。しかし、多くの企業が技術を使って効率化を目指す中では、遅かれ早かれその価値観に基づいた勝負が行き詰まることは、これまでの市場動向を見ても明らかでしょう。一方、人が効率化などの便利性だけに価値を見いだすかというと、そういうわけではない。不便益がまさにその最たるものです。

──不便益、ひいてはUndiscovered Benefitの概念を知っておくと、「そもそも顧客に向けて本当は何をするべきなのか、何を優先させるべきか」という冷静な視点が保てそうですね。

野崎:例えばおもちゃは、人は便利性以外に価値を見いだす存在であることの象徴です。ちなみにおもちゃには安全・安心かどうかといった明確な評価尺度もありますが、それ以外にもあるたくさんのベネフィットが一体何なのかということは、まだ解明しきれていないそうです。

今後、Undiscovered Benefitの研究が進んでいけば、人はどんなものに価値を見いだすのかということについて、さらに様々な側面が見えてくるかもしれません。例えば心理学や文化人類学などの視点も入ってくるとさらなる解明が進んでいくのではないかと思っています。

現代においては「多様性が大事だ」と言われながらも、実態としては右か左か、これは正解でこれは間違い、といった具合に選択肢が減っているようにも思います。しかし、人一人ひとりに個性があってそれぞれの良さがあるように、選択肢があってこそ豊かな社会が実現するはずです。Undiscovered Benefitの研究は、人がもっと楽しさや幸福感を得られるような多様な選択肢の創出を支えるものであると考えています。