地域全体で子どもを育て、子どもが育つ中で大人も交流する――そんなコンセプトで始まったプロジェクトがある。島根県雲南市で進められている「地域まるごと子育て“縁”」だ。このプロジェクトのために借りた瓦葺き家の整備と保育・親子イベント活動を実施しながら、現在は常時10人程度の子ども(0~3歳児)の預かりができる体制づくりを進めている。「乳幼児教育の提供にとどまらず、ひとり親家庭・核家族の困りごとの解決、地域のさまざまな人財や資源を開発するまちづくりのモデルの創出を目指す」というこのプロジェクトの狙いと具体的な取り組み内容、今後の展望を、事業の実施母体であるCommunity Nurse Company(コミュニティナースカンパニー)代表の矢田明子さんに聞いた。

Community Nurse Company(コミュニティナースカンパニー)代表の矢田明子さん
Community Nurse Company(コミュニティナースカンパニー)代表の矢田明子さん

「地域まるごと子育て“縁”」は、2022年4月1日から本格的に展開する予定の保育事業である。事業主体は、「コミュニティナース」の育成・普及事業を展開するコミュニティナースカンパニー株式会社(以下CNC)で、島根県雲南市木次町に本拠を置く。保育事業は同じく木次町の山間にある交流体験型施設「食の杜」内の古民家での実施を予定する。

この保育事業の狙いは、雲南の自然や文化、そして地域に根ざした人々の縁を活かした子育て環境づくり。単一の施設や血縁家族内だけに閉じず、地域の大人たちとの関わり合い、あるいは多世代交流を通じて、地域そして日本の将来にとって重要な存在である子どもの可能性を開いていくことにあるという。

CNCが掲げる「地域まるごと子育て“縁”」の具体的な特徴および目標は、大きく3つある。

①五感を育てる自然体験など、子どもの個性や生きる力を育み、地の利を活かした雲南ならではの教育・地域体験活動を行うこと。
 ②保育士などの有資格者に加えて、地域の大人たちが日常的に関わり合うことによって、子どもも親も、親戚のように頼れる人を増やすこと。
 ③ひとり親家庭・核家族の困りごとを解決し、地域のさまざまな人財や資源に出番を生み出していくまちづくりのモデルになること。

保育事業の核を担うのは、若手の保育士2人に加えて、この活動に賛同し、ボランティアとして手を上げてくれた地域の賛助メンバーだ。賛助メンバーの年齢層は幅広く、高校生から100歳近い高齢者までという。

こうした総合的な顔ぶれによって、子どもたちを世話するだけでなく、料理を教えたり、あるいは保護者の相談に乗ったりするというコンセプトに、この事業の特徴が表れている。例えば、古くから雲南で行われている畑仕事や山仕事を地域の大人たちと一緒に手がける。それが遊びであり、学びになるというのが「地域まるごと子育て“縁”」の考え方だ。CNCは「多世代が一緒に生活することで、年配者の知恵を子どもたちが自然と身につけていくことを狙う」とする。

そのため、子どもたちには固定されたカリキュラムに沿って一日を過ごすのではなく、世話をする人たちの日常がそのまま提供されるという。CNCは「大家族の日常生活の場がここに移っただけ」とも例える。

コロナ禍で生まれた、子育ての古くて新しい姿

この「地域まるごと子育て“縁”」の原型となった活動がある。それが2020年3月のコロナ禍に実施した「みそ汁学校」という活動だ。

「みそ汁学校」でのワンシーン(写真提供:CNC)
「みそ汁学校」でのワンシーン(写真提供:CNC)

当時、新型コロナウイルス感染症の拡大抑制を目的に、全国の小中高校や学童保育がほぼ一斉に臨時休校となった。そんな時に、CNCの代表を務める矢田明子さんの耳に「子どもを預ける場所がなくて困っている。働きに出られない」というシングルマザーたちの切実な声が届いた。そこでCNCでは、行き場のない子どもたちを一時的に預かることにした。

この活動を広報し牽引したのが、CNCの現・雲南拠点マネージャーの宮本裕司さんだった。宮本さんが知り合いに声をかけ、SNSを使用してボランティアを募ると、雲南に住む学生や地域の大人たちが集まった。さら食材の支援を呼び掛けたところ、あちこちから米や野菜、調味料が大量に運び込まれた。

「みそ汁学校」を支えCNCの活動と「食の杜」の案内をしてくれたCNC雲南拠点マネージャーの宮本裕司さん(左)、そしてCNCが拠点とする「みんなのお家」ばんこ役の西留ちかさん(右)。宮本さんは大学で教育学を学び、不登校問題やモンテッソーリ教育を研究していたという。看護職を経験し、雲南市役所の職員からCNCに転職しコミュニティナースとして活躍中。西留さんの肩書にある「ばんこ」は、たくさんの人が1つのことを交替でする状態をさす「代わりばんこ」の「ばんこ」を指す。西留さんもそうした「みんなのお家」の守り人だ(写真撮影:中島有里子)
「みそ汁学校」を支えCNCの活動と「食の杜」の案内をしてくれたCNC雲南拠点マネージャーの宮本裕司さん(左)、そしてCNCが拠点とする「みんなのお家」ばんこ役の西留ちかさん(右)。宮本さんは大学で教育学を学び、不登校問題やモンテッソーリ教育を研究していたという。看護職を経験し、雲南市役所の職員からCNCに転職しコミュニティナースとして活躍中。西留さんの肩書にある「ばんこ」は、たくさんの人が1つのことを交替でする状態をさす「代わりばんこ」の「ばんこ」を指す。西留さんもそうした「みんなのお家」の守り人だ(写真撮影:中島有里子)

地域の人たちの無償の支援の根っこにあるのは、地域に根付いている互助の精神を重んじる伝統ではないかと矢田さんは言う。CNCがある雲南市木次町一帯はかつて、近くを流れる斐伊川が氾濫を繰り返す貧しい農村地帯だった。子どもたちの中には学校に弁当を持参できない子も多かったという。それを何とかしたいと考えた当時の斐伊小学校の校長は村に相談し、1928年(昭和3年)、味噌汁を中心とする給食を始めたのである。米や野菜、燃料の薪は持ち寄れる家庭から提供され、味噌やしょうゆは学校で作っていたそうだ。

預かり期間中、ボランティアで集まった学生や大人たちは、代わる代わる子どもたちの遊び相手をしたり、宿題を手伝ったりして過ごした。昔の大家族における兄弟姉妹の在り方を想起させるものがある。そして、昼ご飯は近所から届いた食材を年配の女性たちが「代わりばんこ」に調理して食べさせた。

この活動は、昭和初期から行なわれていた地域の取り組みにちなんで「みそ汁学校」と名付けられ、地域に口コミで広がった。仕事を持つ保護者からの相談が相次ぎ、当初1週間程度だった予定を延長した。預かりを利用していた子どもは小学1年生から4年生と関係者の未就学児。多い時で1日4~5人が共に過ごし、最終的に1カ月半にわたって10数人の子どもを預かった。

その後の11月には、4人の子どもの「預かり保育」を実施した。観光で地域を訪問していた子どもたちと、ボランティアとして参加した地元農家との交流が、子どもたちや家族にも好評だったという。