映像記録は人々の感動を呼び、新たなる挑戦を促してきた。その映像が世界トップレベルのスポーツ選手による競技であれば影響力は大きい。スポーツを親しむ人はもちろん、それほどスポーツに興味がない人にも、勇気と希望を与えうる。2021年夏に行われた東京オリンピックはコロナ禍の中で開催され、競技は一部を除き無観客で行われた。結果として放送が担う比重が高くなり、ウィズコロナ時代を象徴するスポーツ大会であったと言える。今回のオリンピックでは初めてHDと4Kのサイマル放送(同時放送)を実施した。東京オリンピックの放送システムの仕組みと技術革新のポイントを探りながら、コンテンツ視聴の近未来を見る。

2021年夏、コロナ禍での開催となった東京オリンピック。大半の競技が無観客で行われることになり、テレビやインターネットを通した観戦が主になった。結果として、映像および放送が担う比重が極めて高いオリンピックとなったと言っていいだろう。

このオリンピックではHDと4Kのサイマル放送(同時放送)が初めて導入されるなど、放送技術の様々な領域で技術革新があったという。その恩恵はどこに現れていたのか。

オリンピックの放送システムは非常に大規模。その一翼の設計、システム構築、技術サポートを担ったのは、東京オリンピックの公式スポンサーでもあるパナソニックだ。同社のエンジニアリング部放送システム課の大西歩太課長にオリンピックの放送技術のポイントを聞きながら、私たちが将来享受しうる、コンテンツの視聴体験の可能性を探った。

世界的なスポーツ大会の映像配信を支える仕組みとは

──東京オリンピックの放送システムに、パナソニックも協力しているそうですね。オリンピックの映像はどのようにして視聴者に届くのか、その大まかな流れを教えてください。

大西:IOC(国際オリンピック委員会)の傘下にOBS(オリンピック放送機構)という組織がありまして、このOBSが開催国にIBC(国際放送センター)を設置します。今回の東京オリンピックでは、IBCは東京ビッグサイトの中に作られました。放映権を持っている全世界の放送局がこのIBCに集結し、約1万人の関係者が働いています。

IBC(国際放送センター)のコントロールルームの様子(写真提供:パナソニック)
IBC(国際放送センター)のコントロールルームの様子(写真提供:パナソニック)

カメラマンは、現場で競技の様子を撮影します。現場で使われるカメラの台数は1000台以上にもなります。OBSのカメラマンが直接撮影する以外にも、放映権局と呼ばれる放映権を取得したテレビ局も自社のカメラマンを現場に派遣します。

IBCは5万数千m2の広さがあり、OBSだけでなく、各放映権局用のスペースも設けられます。映像・音声の制作や編集を行う部屋、スタジオ、伝送などを行う部屋といった具合に、多岐にわたる部屋がIBC内にあります。

映像制作の流れとしては、OBSのカメラマンが撮影した映像、また各放映権局が撮影した映像も含めて、全ての映像が一度IBC内のOBSの施設に集められます。OBSはここで全ての映像を監視します。

放映権局はOBSが確認した複数の映像の中から、使いたい映像を選択しながら、自局向けの映像を制作します。例えば、日本の選手に着目した映像を日本の放映権局のカメラマンが撮影した場合、それがIBCに送られ、OBSから同じIBC内の放映権局に伝送されます。放映権局はそれぞれの施設で映像を選択し、独自コンテンツや音声と合わせて放送用の映像を制作する、といった流れになります。

オリンピックでは、様々な競技が数多くの会場で短期間に、かつ集中的に行われます。映像制作および放送もそれに対応する必要がありまして、相応に大規模で、かつ技術レベルで見ても高度な仕組みが求められます。

パナソニックはOBSおよび一部の放映権局に対して、カメラやモニター、レコーダーなどの機材の供給、加えて放送システムの設計、システム構築と技術サポートを提供しています。例えばモニターについては大きさは8インチから70インチまで、HDから4K対応の液晶、OLEDと多種多様なニーズに対応した放送用モニターを約1400台納入しました。

パナソニックのコネクティッドソリューションズ社 メディアエンターテインメント事業部 エンジニアリング部放送システム課の大西歩太課長(写真撮影:高下義弘)
パナソニックのコネクティッドソリューションズ社 メディアエンターテインメント事業部 エンジニアリング部放送システム課の大西歩太課長(写真撮影:高下義弘)
パナソニックがOBSおよび一部の放映権局に対して供給した機材の一例。スタジオカメラの「AK-UC4000」(左)とリモートカメラの「AW-UE150K」(右)。今回の東京オリンピックではカメラ制御にはIPベースの機能を活用した。今後、4K制作・伝送でより広汎なIP技術の活用が期待される(写真提供:パナソニック)
パナソニックがOBSおよび一部の放映権局に対して供給した機材の一例。スタジオカメラの「AK-UC4000」(左)とリモートカメラの「AW-UE150K」(右)。今回の東京オリンピックではカメラ制御にはIPベースの機能を活用した。今後、4K制作・伝送でより広汎なIP技術の活用が期待される(写真提供:パナソニック)

高精細映像でスポーツ視聴体験が変わる

──今回の東京オリンピックで採用された映像技術には、これまでのオリンピックに比べて進化した部分があったそうですね。

大西:一番大きいのは4K放送ですね。HDと4Kのサイマル放送(同時放送)を実施しました。2018年の平昌冬季オリンピックでも4K放送をされていたのですが、ごく一部でした。

4K放送が始まったことで、配信に使う回線数も過去最大になりました。2016年のリオオリンピックはHDで55回線用意されたのですが、東京オリンピックはHD向けに76回線、4K向けに45回線が用意されました。

記録される競技映像の総時間数も増えており、リオから3割増の9500時間に達しています。今大会で競技数が5つ増えたことも影響していますが、それぞれの競技をより多くのカメラを使って撮影するようになったことが大きいです。

──HDから4Kへと映像がより精細になることで、スポーツの視聴体験は、どのように変化するのでしょうか。

大西:画面は高精細になり、ダイナミックレンジが広くなり、色の再現性も上がります。これらによって、競技の様子をよりリアルに楽しめることが見込めます。

今後、8Kのカメラが現場に導入されれば、競技全体の映像を8Kのカメラで俯瞰して撮るという方法が取れるようになります。俯瞰した映像から「この選手の動きを見たい」といった具合に個別の選手の動きだけを切り取って、それを4KやHDの画質で放送するといったことが可能になります。

AIによる画像認識技術を使って、特定の選手を自動追尾し、適切に画像を切り取るようなこともできると思います。つまり、高精細な一つの元画像を使うことで、これまでにない楽しみ方が提供できる可能性があります。

──高精細な映像技術がスポーツ分野に適用されることで、視聴体験にバリエーションが出てくるということですね。

大西:細かい話になりますが、映像技術の向上は競技会場の運営にもメリットが出てきます。例えば、1台の高画質カメラで広範囲の映像が撮影できるとなれば、先ほどお話したように一つの映像から多くの映像を切り出せるようになります。カメラの台数を減らせて、さらには機器の小型化が進めば、競技会場で占有するスペースを少なくできるという効果もあります。

多くの場合、観客席の一部をカメラなどの機器の設置のために使用します。映像技術の進化で機器がコンパクトになれば、観客席にはより多くの方に入っていただけるようになります。