放送現場の技術向上が、視聴体験をより豊かに

──今回の東京オリンピックでは映像の伝送技術にIP(インターネット・プロトコル)を導入したそうですが、このメリットについて教えてください。

大西:はい。IPはインターネットにおけるデータ送受信に使われている技術ですが、映像制作および映像の伝送についても、IP技術の適用が進みつつあります。

今回の東京オリンピックでは、例えば競技会場のカメラで撮影した映像・音声をIBCまで伝送するといった形で、IP技術を部分的に導入しています。伝送するデータ量が非常に大きく、インターネットと同じ回線などを使ってしまうと映像の質が落ちたりフリーズしたりといったトラブルが起きてしまうため、大容量の帯域が確保できる専用の回線を利用します。

これまでは従来型のベースバンド技術を使っており、何百本ものケーブルをつないで映像や音声を伝送していました。会場には、たくさんの放送・映像機材を積んだ中継車が必要でした。IP技術を使うと、回線を集約できる、機材を減らせる、といった効率化が図れるため、放送システムの作り方が大きく変わります。

東京オリンピックという世界的なイベントでIP技術を活用した放送制作にチャレンジし、現場における技術課題に対応してきたことの意味は大きいと思います。当社だけでなく、多くの関係者がIPのメリットを実感しているのではないでしょうか。今後、間違いなくIPを利用した映像制作や放送は拡大していきます。

ただ現状では、ケーブルや機材が減ることによるコストメリットが期待できる一方で、専用回線を利用するコストが非常に高く、全体を見た時のコストメリットがそれほど出てこないという課題があります。将来的に専用回線の利用価格が下がり、放送のIP技術の適用がより進むことを期待しています。

──今後、IP技術の適用が拡大することで、どんな変化が見込めますか。

大西:例えば、スイッチャーなどのハードウエアについてIP技術を適用したものに置き換えていくことが予想されます(筆者注:スイッチャーとは、複数の映像素材から必要な映像を選択するための装置)。

IP技術によって、映像制作のスタイルが大きく変わることも期待できそうです。例えば、パナソニックでは「KAIROS」というIP技術を採用したスイッチャー製品を開発・販売しています。映像制作の現場では複数の映像ソースを確認しながら映像を組み上げています。KAIROSのようなスイッチャーを使うと、IP技術で制作スタッフや技術スタッフは現場に行かなくてもリモートで映像制作ができるようになります。中継車などを使わずに、より柔軟で自由度の高い映像制作が可能になるのです。

──映像制作の現場を支える技術が向上することで、現場における利便性が高まり、結果として視聴者が受け取る番組がよりリッチになり得るということですね。

映像表現が広がり、視聴者の楽しみ方も広がる

──先ほど8Kの話題が少し出ましたが、今後のオリンピックで8Kの技術は適用されますか。

8Kの適用に関しては2022年の北京冬季オリンピックからスタートする見込みです。パナソニックとしても8Kに関して様々な技術的な試みを続けています。8Kが適用されることで、映像の楽しみの幅が広がっていくと思います。

──技術の進化の恩恵は、それが当たり前になってから実感することが多々あります。映像技術の進化によってスポーツの視聴体験が向上すれば、それに付随するサービスや文化にも好影響を与える可能性がありそうです。今日はありがとうございました。

新技術を搭載したプロジェクターが開会式の演出に貢献

開会式では、フィールド全体を彩った様々なプロジェクションマッピングが全面的に展開された。このプロジェクションマッピングに使われたのが、会場に設置されたパナソニックの新型プロジェクター「PT-RQ50KJ」。4Kの解像度と世界最高輝度の5万ルーメンを備えた機種で、今回の東京オリンピックでは約60台を会場に設置。開会式などの様々な場面の演出に貢献した。
※ 2021年7月現在。150kg以下(レンズ含まず)のプロジェクターにおいて(パナソニック調べ)

このPT-RQ50KJの特徴がよく現れた場面の一つが、東京オリンピックの開会式中、白い衣装をまとったダンサーが赤いロープでつながりながら、赤い糸の映像が縦横に投影されたフィールドを歩き回る場面だ。パナソニックの開発陣は、フィールドに投影された赤い糸の映像は、「このプロジェクターの特性がうまく活かされたシーンだった」と口を揃える。同社はPT-RQ50KJの開発に当たり、広い色域と明るさ、繊細な発色などを同時に実現するために赤色レーザーの実装方法に工夫を凝らした。その結果、赤色の発色が従来機種に比べてより鮮やかであるという。

プロジェクター「PT-RQ50KJ」の筐体外観と、オリンピックの会場となった新国立競技場における設置の様子。観客席の最上段にプロジェクター用タワーが設置されている(写真提供:パナソニック)
プロジェクター「PT-RQ50KJ」の筐体外観と、オリンピックの会場となった新国立競技場における設置の様子。観客席の最上段にプロジェクター用タワーが設置されている(写真提供:パナソニック)
東京オリンピックの開会式のワンシーン。ダンサーが赤いロープで繋がりながら踊る場面でフィールドに投影された赤い線の映像は、このプロジェクターの特性がよく表れた表現だったとする(写真提供:パナソニック)
東京オリンピックの開会式のワンシーン。ダンサーが赤いロープで繋がりながら踊る場面でフィールドに投影された赤い線の映像は、このプロジェクターの特性がよく表れた表現だったとする(写真提供:パナソニック)