千葉県市川市に配達ネットワークを持つ「地元の牛乳屋さん」が大変革に乗り出した。商品のラインナップを強化することによる顧客訴求力のアップはもちろん、社会課題に挑むソーシャルベンチャーと組むことによる企業ブランド力の向上を見込む。少子高齢化が進む中、近い将来、地元密着型の企業は大きな転換を強いられるだろう。自社・顧客・地域それぞれの持続性を見据えた新たな地域ビジネスの姿を、明治クッカー代表の西原亮氏の話を通じて探る。

明治クッカーは創業47年の牛乳配達店。パート・アルバイトを含む66人の従業員で地域をカバーし、牛乳やヨーグルトなどを家庭に配達する。明治の特約店として同社の商品を販売するほか、各家庭の玄関に直接商品を届けられる足回りの良さを活かし、地元の無農薬野菜の販売なども手がけてきた。

そんな地元密着型企業が、顧客サービスの向上、ベンチャー企業の支援、地域の健康度向上など、多面的な効果を見据えた新たな事業に乗り出した。事業名は「ことむすび」。2021年3月から試験販売活動(パイロットプロジェクト)として全国各地にある約30の牛乳配達事業者と組み、千葉、茨城、埼玉、長野、福島などの約7万世帯を対象に、食や健康関連の事業を手掛けるソーシャルベンチャー3社が開発した新商品を販売した。配達スタッフを通じて購入者の声も拾い上げ、その結果をベンチャー企業側にもフィードバックする。

ことむすびでカバーしている顧客は、60代以上が7割を占める。健康寿命の延伸やフレイル(加齢に伴う心身機能の低下)予防が課題となる中、ことむすびは食と健康を活動領域とするベンチャー企業と、健康に関心があるシニア層の顧客を結ぶことで、相互に価値が生まれる在り方を目指す。

明治クッカーはことむすびを通じて事業構造のアップデートを狙う。将来は地元顧客を巻き込んだ企業向けのマーケティング支援サービスも視野に入れる。こうした新たな事業展開を通じて、従業員のモチベーションアップ、さらには新たな人材の確保にもつなげていくという。

信頼を得た対面の販売インフラは強固

──コンサル業界出身で、家業の牛乳配達店を継いだというのは異色の経歴ですね。

西原亮氏(以下敬称略):コンサルタントとしては「牛乳屋さん」にそんな市場があるとは思っていなかったのですが、明治の特約店を例にとると、全国のおよそ250万世帯に配達しています。日本全国の世帯数がおよそ5000万だとすると、実は、20軒に1軒は明治特約店の牛乳屋さんと契約している計算です。

西原亮(にしはら・りょう)氏
西原亮(にしはら・りょう)氏
明治クッカー代表取締役。2005年慶應義塾大学商学部卒業。経営コンサルティング会社シグマクシスのコンサルタントとして、全社組織改革、新規事業立案、新興国への海外事業展開戦略などを担当。13年、明治の特約店として牛乳配達業を営む千葉県市川市の家業を継ぐ。「日本の伝統文化である牛乳屋さん商売にイノベーションを起こす」がモットー。市川市、柏市、市原市で牛乳配達業を営むかたわら、自社で商品開発を行ったり、独自の配達スキームを構築したりという挑戦を続けている(写真撮影:高下義弘)

西原:牛乳配達業には紆余曲折の道のりがあります。戦後しばらくの間は冷蔵庫が普及していないので、牛乳屋さんが何度も製造工場に取りに行って、個宅に届けることで契約者の健康を支えていました。高度経済成長期を迎えて量販店が増えた頃から牛乳宅配は落ち込みました。しかし2000年以降、宅配専用の商品などを開発して地道に顧客を開拓してきたことで、明治や明治の特約店は持ち直したのです。

明治クッカーが千葉県松戸市のショッピングモール「キテミテマツド」で行った試飲会および健康イベントの様子。同社が明治特約店として販売している商品の代表例は、「明治プロビオヨーグルトR-1」の宅配専用版。ドリンクタイプ(写真左手ののぼりを参照)と食べるタイプの2種類がある。市販製品とは味や舌触りも明確に違うように作られている。訪問営業などを通じてヒットしており、高い機能性が健康を気にする顧客に刺さった結果だ。加えて明治クッカーでは駅前でのサンプル試飲など独自の取り組みを進め、新たな顧客を獲得しているという(写真提供:明治クッカー)
明治クッカーが千葉県松戸市のショッピングモール「キテミテマツド」で行った試飲会および健康イベントの様子。同社が明治特約店として販売している商品の代表例は、「明治プロビオヨーグルトR-1」の宅配専用版。ドリンクタイプ(写真左手ののぼりを参照)と食べるタイプの2種類がある。市販製品とは味や舌触りも明確に違うように作られている。訪問営業などを通じてヒットしており、高い機能性が健康を気にする顧客に刺さった結果だ。加えて明治クッカーでは駅前でのサンプル試飲など独自の取り組みを進め、新たな顧客を獲得しているという(写真提供:明治クッカー)

──牛乳販売店のビジネスモデルというものは、あまり世の中に知られていませんね。

西原:牛乳宅配事業者は通販会社とは違って、配達料は0円です。昔は20件訪問して営業したら10件の契約が取れたという時代もありましたが、今はスタッフが1日数百軒アクセスして1件取れるか取れないかというレベル。成約を取るコストが非常に高くなっている一方で、商品の単価はそれほど変わっていないし、近年は物流費も高騰しています。

だから販売店側としては、営業費用をかけずにじっとしているのが最良の手段になってしまう。さらには設備も使い回してコストをかけず、さらには人件費もギリギリまで減らす。こうした状況にどの経営者も行き詰まりを感じていて、業界に若い世代の人材が来ない理由になっています。

販売店スタッフの高齢化と後継者不足はかなり深刻です。例えば、千葉県にある牛乳宅配事業者を見ると、38歳の私の次に若い社長さんは、もう50歳代後半から60歳前後といきなり年代が上がります。

──そんな苦境にある業界に入られた。そこに勝算はあったのでしょうか。

西原:私は経営コンサルティング会社に勤務した後、2013年に父親の事業を引き継いで明治クッカーの経営者になりました。そのとき改めて実感したことは、顧客からいったん信頼を得られた対面の販売インフラは非常に強固なのだということです。少子高齢化が進む中、こうした対面の販売チャネルを利用できることは事業者、また顧客の側にとってもメリットが大きいはずです。