LINEで意思疎通、メンターがサポート

今年度のプログラムは7月からスタートした。参加者は中学生4人と高校生1人の計5人だ。2つのグループとなってそれぞれビジネスプランを立て、約5~6万円の出資を受けた。取材時点の9月においては既に商品の開発は済んでおり、10月1日からの約2カ月間にわたる販売活動に向けて準備を進めている。

約半年間のプログラムは、講義と実習を織り交ぜながら展開する。講義では地元の起業家によるビジネス全般の講義のほか、デザイナー兼フォトグラファーから商品の魅力的な見せ方などを学ぶ。実習では商品の企画について参加者同士で話し合ったり、パソコンなどを操作しながらネットショッピングサイトの売り場を設定したりする。

今年度のプログラムでは新たな仕組みとして、各グループに大学生のメンターがついている。中高生には実際に顔を合わせるほかLINEのグループを設けて話し合ってもらっており、さらにメンターが意思疎通などを支援することで、よりスムーズに学んでもらうことを狙う。

プログラムの主催は、日南市の起業支援や事業開発支援を担う日南市ローカルベンチャー事務局が務める。同事務局としては本プログラムに対し、地域に住む子どもたちに多様な経験を提供することを狙う。また将来的には、地域で活躍できる手段を身につけてもらうことも期待しているという。

日南市はかねて若手起業家の育成および日南市への移住支援に力を入れている。このプログラムの対象は中高生とかなり若年層寄りではあるが、「日南市の将来を見据えた、中長期的な地域戦略の一環」(日南市ローカルベンチャー事務局コーディネーターの田鹿倫基さん)という位置づけだ。

将来に期待できる「地域で事業を経営できる力」

にちなん起業体験プログラムの企画・運営を担当している羽田野さんに、プログラム実施の様子、そして日南市で実施した経緯について話を聞いた。

──参加している中高生の皆さんは、どんな雰囲気ですか。

羽田野氏(以下敬称略):参加している中高生たちは基本的に、起業体験プログラムの募集要項を見て自分で手を挙げて参加しています。保護者のお話を聞きますと比較的おとなしいと言われる子による参加表明が多く、学校外の催しに自ら手を挙げること自体に驚いたという声が複数あります。

今回の参加人数は5名と少数精鋭です。そのこともあってか、みんな楽しんで、和気あいあいと、かつ主体的に取り組んでいます。

中学生にとって高校生はかなり目上に感じられる存在ですが、高校生の参加者がうまく気を遣って、中学生の参加者も意見を言いやすいように雰囲気づくりをしてくれています。学校内の部活だとどうしても先輩・後輩の関係になりがちなので、こうしたコミュニケーション体験も含めて、このプログラムのメリットだと認識しています。

にちなん起業体験プログラムの実施中の様子。取材日(2021年9月19日)はプログラムの第4回。本来の予定ではショッピングモールでのテスト販売を行う回だったが、新型コロナウイルスの感染状況を考慮してオンラインでの講義および販売に関する打ち合わせに切り替えた。ナビゲーター役である羽田野さんらのリードに従い、中高生たちはそれぞれのグループに分かれて、販売計画の調整やオンラインショップの認知度向上策などを議論した(画像:筆者がオンラインにて取得)
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にちなん起業体験プログラムの実施中の様子。取材日(2021年9月19日)はプログラムの第4回。本来の予定ではショッピングモールでのテスト販売を行う回だったが、新型コロナウイルスの感染状況を考慮してオンラインでの講義および販売に関する打ち合わせに切り替えた。ナビゲーター役である羽田野さんらのリードに従い、中高生たちはそれぞれのグループに分かれて、販売計画の調整やオンラインショップの認知度向上策などを議論した(画像:筆者がオンラインにて取得)
プログラム参加者の1人、渡野咲未(わたの・さくら)さんに話を聞いた。渡野さんは現在、日南市立吾田中学校の2年生。「プログラムが始まる前は、『起業体験』だし大人がしっかりサポートしてくれるのかな、と思っていた。実際にはそんなことはなく、自分たちがかなり本格的に取り組む内容なので驚いた。でも楽しさがたくさんあって、やり甲斐がある」と笑顔を交えつつ語る(画像:筆者がオンラインにて取得)
プログラム参加者の1人、渡野咲未(わたの・さくら)さんに話を聞いた。渡野さんは現在、日南市立吾田中学校の2年生。「プログラムが始まる前は、『起業体験』だし大人がしっかりサポートしてくれるのかな、と思っていた。実際にはそんなことはなく、自分たちがかなり本格的に取り組む内容なので驚いた。でも楽しさがたくさんあって、やり甲斐がある」と笑顔を交えつつ語る(画像:筆者がオンラインにて取得)

──プログラムを企画した経緯や背景について、伺えますか。

羽田野:地方と都市部の教育格差はかなり深刻です。例えば、10代の子どもたち向けの仕事・職業に関する教育プログラムについて見ますと、IT教育、職場体験、ビジネスプランなど様々な種類があり、日本の各所で展開されています。しかし、そうしたプログラムの開催情報に接して、実際に参加する機会に恵まれているのは、都市部在住の子どもたちです。

地方に住む子どもたちにこそ、もっと多様な教育の機会を提供したいというのが、私を含めた主催側の考えです。地方には「働き口が少ないため若者は都市部に出ざるを得ない」という状況が多々あります。これを変えるには、ビジネスを自ら企画し、魅力的な商品を売り、事業を持続させる力が必要です。

昨年、初めてにちなん起業体験プログラムを実施し、その上で2年目も是非やろうという声が上がったのは、プログラムに関わった関係者が一致して抱いていたこのような問題意識がありました。また、初年度のプログラムの実施経験から、参加したいという子の手が少なからず挙がることにも、手応えを感じました。

──子ども本人には変えようがない生育環境による教育格差の問題は、公平性の観点からも、また社会の活力を維持する上でも無視できない問題です。日本では「地方創生」政策が推進されていますが、中長期で見た場合、地方を真の意味で活性化するためには、子どもの教育を充実させることが重要ですね。

羽田野:中高生たちに話を聞くと、自然も豊かで住み慣れた日南に残りたいという声は意外に多いのです。むしろ保護者のほうが「都会に出ないと働き口がない」と言っています。地元を好む中高生たちがビジネスを企画し推進できるスキルを身につければ、地域社会が維持される可能性はより高まります。

──いわゆる職業体験にとどまらず、ビジネスの流れ全体を体験してもらうという内容は特徴的ですね。

羽田野:従来、学校のキャリア教育などで中心的に行われているのは「職場体験」だと思います。組織で働くための教育はもちろん大事です。しかしこれからの時代、ビジネスパーソンの生きる道という観点で見ると、事業をつくり、顧客に訴求する価値をつくるという視点を身につけることはとても大切ではないかと思います。これを若いうちに一度でも体験しておけば、人生の選択の幅が広がってくるはずです。

プログラムに今年参加している中高生からは、「売られている商品の原価が気になるようになった」という声が聞かれました。こういう着眼点を持つと、今後の学び方や生き方に広がりが出てくるのではないかと見ています。

──運営側の支援があってのこととは思いますが、それでも出資者に配当を分配できるほど売り上げを出したのは注目すべきことと感じます。

羽田野:昨年度の3グループは、それぞれ良い点も課題もありました。一番売り上げを挙げたグループはテラリウム(透明な容器を使った植物飼育装置)を企画し販売したのですが、これは消費者に受けましたね。一方、グループによっては、保護者や親戚などに声をかけて売り上げを確保したというケースもあります。

しかし、それも含めてOKだと思っています。大人がビジネスを始めた場合でも、知り合いにお願いして買ってもらうという姿はままあることです。商売の泥臭い面も体験できたのは後々、参加者の大きな糧になると思っています。

──日南市は、IT企業の誘致を軸とした油津商店街の活性化事業で知られています。こうした土地柄は、起業体験プログラムの展開に関係していますか。

羽田野:実は私も、日南市の施策を通じてその存在を知り、2017年にここに移り住んできた人間です。私は元々熊本県出身です。東京都内の大学に進学し、卒業後も都内で働いていたのですが、親のことも考えてこちらに戻ってきたいと思っていたところに、当時の上司を通じて、まちの活性化に取り組んでいる日南市のことを知りました。そして日南市への移住に伴い、まさにその施策で油津商店街に拠点を構えたIT企業のポートに就職したというのが経緯です。

日南市には元々、外からやってくる人を受け入れて、新しい活動を応援する雰囲気があります。にちなん起業体験プログラムを手がけるに当たっても、大きな助けになったと思っています。

──移住してから、にちなん起業体験プログラム実施までの流れは、どのようなものでしたか。

羽田野:私は日南市でポートに勤務している間に、ジョブシャドウイングという子ども向けの職業体験を提供する活動を立ち上げました。それをきっかけに、2018年に教育サービスを提供するフリーランスのプランナーとして独立しました。

※筆者注:働いている大人たちに1日同行し、観察を通して職業について学ぶ体験型のキャリア教育プログラム。

しばらく後に、宮崎県内に移住してこられた谷口真里佳さんと知り合いになりました。谷口さんはミテモという人材育成・教育事業を手がける会社にお勤めです。ミテモの本拠は東京都内ですが、リモートワークで業務に携わっています。谷口さんと交流し情報交換をしている間に、谷口さんがミテモで携わってこられた起業体験プログラム「アントレチャレンジinよこすか」のことを聞きました。今、日南市で開催しているものと詳細は少し異なりますが、こちらも中高生に向けて起業体験を提供するものです。

※筆者注:アントレチャレンジinよこすかは、神奈川県横須賀市で中高生を対象に開催されている起業体験プログラムで、2017年から毎年実施されている。現状のプログラムはオンラインイベントとして若手起業家による講演会・交流イベントと、ビジネスアイデアコンテストで構成する。

話をしているうちに、このような趣旨のプログラムこそが日南市に求められていると確信しました。そのような思いを周囲に話していたら、かなり短期間でプログラムの実施に至ったというのが経緯です。

ジョブシャドウイングを始めた時、日南では「地域の子どもたちのためになるなら引き受けます」といった雰囲気の対応をしてくださる人が多いことに、印象深く感じました。都市部ですと得てして、「うちの会社で子どもたちを1日引き受けたとしても、結局どんなメリットがあるのか見えにくい」という話にもなりがちです。このような土地の特性も、プログラムの早期実現に至った要因の1つだと思っています。

──コミュニティがコンパクトであれば、お互いの顔が見えます。それゆえに、地域の子どもたちへの教育施策が地域社会にどんな効果をもたらすのか、予見しやすいのかもしれませんね。