人は誰でも、以前暮らしていた場所や道具などを見たり、当時流行っていた音楽を聴いたりすると、懐かしい感情が湧き上がるものだろう。さらには、その頃自分が何をしていたのか、家族・友人・同僚などとどのように過ごしていたのか、楽しかった体験や苦い体験など、さまざま出来事を思い出すかもしれない。そういった感情や過去の体験を他人に話し、自分の人生を振り返ってみることで、精神の安定だけでなく認知症予防にも役立てる心理療法がある。北名古屋市にある歴史民俗資料館、別名「昭和日常博物館」では、昭和の時代に実際に使用されていた日常品を集めるとともに、高齢者が当時の道具や風景に触れることで認知症を予防する取り組みを行っている。人生100年時代の博物館を目指している館長の市橋芳則氏に、昭和日常博物館での取り組みについて聞いた。

13万点を超える昭和の日用品を集めた博物館

北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)館長の市橋芳則氏(写真撮影:元田光一)
北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)館長の市橋芳則氏(写真撮影:元田光一)

昭和日常博物館には、現在13万点を超える昭和時代の収蔵品がある。それほどの収蔵品は、どのように集められたのか。

そもそも昭和日常博物館は、この地域で発掘された出土品や農機具、養蚕具などを展示する歴史民俗資料館として1990年(平成2年)に開館した。当時、市橋氏がそれらの資料を寄贈してくれる提供者宅を訪問すると、農機具などに混じって古いテレビや冷蔵庫、洗濯機など、昭和時代の電化製品が不用品として置かれている光景が目に入った。

「昭和でも、30年代に『三種の神器』と呼ばれていた高度経済成長を象徴する電化製品って、大量生産・大量消費で捨てられてしまうんですね。伺ったみなさんも、処分したくはないんだけど捨てざるを得なかった。だったら、そういったものをここに集めて展示すれば、それらの製品が活躍していた時代を知っている多くの人に、足を運んでもらえるんじゃないかと思いました」(市橋氏)

とはいえ、そうした製品を購入する費用はなかったので、特に戦後の昭和30年代に絞って、捨てられるものを寄贈してもらうことにした。そこから3年ほどかけて約1万点の資料が集まった段階で、歴史民俗資料館の中に昭和日常博物館をオープンさせた。

昭和時代の店先の再現から駄菓子屋のおもちゃ、印刷物に至るまで、カテゴリーを問わずさまざまなものが資料として展示されている(写真撮影:元田光一)
昭和時代の店先の再現から駄菓子屋のおもちゃ、印刷物に至るまで、カテゴリーを問わずさまざまなものが資料として展示されている(写真撮影:元田光一)

その後、徐々に市内以外からも寄贈品が集まるようになり、今では遠方のコレクターからまとめて何百点という資料が送られてくるケースも増えているという。民俗資料館の本来の目的である、文化財の保護や発掘調査などの資料なども残しつつ、展示の間口を広げている状況だ。

「最近では高齢になったコレクターが、将来的な管理環境を考えて寄贈されることも多いです。寄贈品には、鉛筆1本、筆箱1つとか本当にいろんなものが含まれているので、収蔵庫の中に収まりきらなくなってきましたが、できる限りいつでも展示できるように保管しています。来館者としては、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言発令前は、家族連れなども含めて年間で約4万人が訪れていました。年齢層は、やはり基本的には高齢者が多いのですが、中には、いわゆるインスタ映えを狙った20代女性なども多く訪れ、SNSに写真をアップしているようです」(市橋氏)

地下の駐車場には自動車や二輪車なども展示され、昭和のモータリゼーションの変遷を見ることができる(写真撮影:元田光一)
地下の駐車場には自動車や二輪車なども展示され、昭和のモータリゼーションの変遷を見ることができる(写真撮影:元田光一)