世界的に「EV化」が注目され、電動キックボードなど新たなモビリティへの関心も高まる中、ちょっと違ったEV化が注目を集めている。農業や土木業など、不整地で利用される「ねこ車」(一輪車、手押し車)の電動アシスト化だ。不整地産業で必須となる“運搬”に着目したベンチャー、CuboRex(キューボレックス)は手持ちのねこ車のタイヤを取り替えて電動アシスト化する専用キット「E-Cat Kit」を2020年10月に発売した。販売からわずか1年で、ミカンの産地である和歌山県では電動ねこ車としての“業界標準”の地位を確立したとする。その裏側には、地域の農機具店・鉄工所との組み立てサービス実現や、SNSによるユーザーコミュニティを活用した製品開発、JAグループとの協力関係構築など、周囲を巻き込む工夫があった。
タイヤを入れ替えるだけで、手持ちの一輪車をそのまま電動化できます――とうたうのは、CuboRexが手掛けるねこ車電動アシスト化キット「E-Cat Kit」だ。一輪車のタイヤをホイール部分にモーターを内蔵するタイヤ(インホイールモーター)に取り替えるというもの。アクセルレバーを握ればタイヤにアシストが加わり、重量物を積載していても坂道でも容易に一輪車を押せるようになる。

実際に使ってみると操作はハンドル部分に取り付けられたレバーを握るだけと簡単で、特にコツもない。60kg程の荷物を載せた状態でも、素人が難なく押せてしまうほど、一輪車の扱いがラクになる。特に、舗装されていない凸凹が激しい不整地や急斜面などでは、電動アシストが大きな力を発揮するという。同社によれば作業労力を50%、運搬時間を66%削減できるとしており、農業や土木業といった人手不足や高齢化が課題となる分野での活用が見込めるとする。
同キットは、インホイールモーターとリチウム(Li)イオン2次電池、コントローラーや配線などを収納するコントローラーバッグ、ディスプレーを搭載するアクセルレバーというシンプルな構成になっている。組み立て作業は、タイヤを交換し配線を接続したら、2次電池とコントローラーバッグ、配線を邪魔にならない部分に固定するだけと、至って簡単。一般的な工具の使い方が分かっている人であれば、30分~1時間で完了するとしている。

きっかけは「しんどいアルバイト」
実は、電動手押し車自体はそれほど珍しいものではなく、大手企業などの製品を含めて、既にいくつもの製品が販売されている。ではなぜ、同社はねこ車電動化キットの実用化に至ったのか。そのきっかけは、同社 代表取締役の寺嶋瑞仁氏の学生時代の経験にさかのぼる。寺嶋氏は和歌山県有田郡出身で、和歌山工業高等専門学校知能機械工学科、長岡技術科学大学機械創造工学課程卒業という経歴を持つ。学生時代からロボコンに精力的に打ち込んで全国準優勝を果たすなど、いわば筋金入りの“ロボコン青年”だ。

そんな寺嶋氏が高専時代、ロボコンとは別に打ち込んだのが、ミカン農家でのアルバイトだった。出身地である有田は日本有数のミカン産地。急斜面のミカン畑が特徴で、収穫時期の運び手などとして学生アルバイトが一般的だという。
「その運び手が、体力的にしんどいものだった」(寺嶋氏)。ミカン畑が急斜面にあるため、上下方向の運搬には「モノラック」や「モノレール」と呼ばれる急傾斜地向けの軌条運搬機が用意されている。問題となるのは、収穫したミカンをそのモノラックまで運ぶ、水平方向の運搬だ。30~50mといった距離を、1個20kgほどのカゴを手で持って運ぶか、一輪車に3~5個載せて運ぶことになる。道があるわけでもなく急斜面で足場が悪い上に、ミカンの張り出した枝の下を潜り抜けるように通らなければならない。しかも、半日あたり25~30往復と、何度もこの運搬作業を繰り返すことになる。

加えて、この水平方向の運搬に、既に市販されている電動手押し車を導入することはほぼ不可能だった。一般の電動手押し車は、バケットを備えた土砂用のものか、荷台部分が平らになった台車タイプのものといった、広く使われる汎用的なものだ。一方、有田のミカン畑で使われるのは、狭い場所でも引き回ししやすく、重いカゴを載せても安定しやすい特殊な形状のもの。このタイプは同地域だけで使われるもので市場規模が1万台程度と小さいため、電動化品の実用化に踏み切る企業はない。
そこで出てきたのが「一輪車を電動化するキット」の案だった。同社で働く電動バイク好きな社員が電動バイク用のモーターの活用を提案したことで、具体的な検討が始まった。
