窓もない殺風景な会議室の壁が一瞬にしてうっそうと茂る木々に変わり、見上げればチラチラと差し込む木漏れ日が見える──北海道十勝郡浦幌町発のスタートアップ、フォレストデジタルは“世界初の没入自然空間サービス”と銘打つ「uralaa(うらら)」を2022年1月にリリースした。プロジェクターとクラウドからの映像配信によって、既存の部屋に自然空間を再現するサービスだ。部屋の壁面サイズに応じて画像を自動調整し、正面・左右面・天井の4面につながるマルチスクリーン映像をクラウド経由で配信する。「テクノロジーであっと驚く体験と幸せをもたらしたい」と語る代表取締役CEOの辻木勇二氏に、起業に至るまでの道のりとともに、テクノロジーについての考え方を聞いた。

金融とITの世界を歩んだ後、北海道でスタートアップを立ち上げた辻木勇二氏は「テクノロジーは人々を幸せにできるのか」と問い続ける。キャリアの前半では発展途上国での開発に携わり、後半では数社のIT企業で金融事業を役員として手がけた。

着想から5年。この1月に一般販売を開始したのは、自然環境を空間に再現する映像サービスだ。日常生活ではなかなか行けない、さまざまな地域の自然への没入体験は、適度なリラックスをもたらすだけでなく、生理的・心理的な回復効果も期待できるという。

「uralaa」のデモの様子(写真撮影:加藤 康)
「uralaa」のデモの様子(写真撮影:加藤 康)

都会にいながらさまざまな場所を旅することができ、心身に癒やしを与える。そんなテクノロジーのシンプルな使い方とビジネスへの思いについて、フォレストデジタル 代表取締役 CEOの辻木氏に聞いた。

無理のない没入空間を目指す

──フォレストデジタルという会社は、社名の通り「森林で過ごす体験」をテクノロジーで提供する事業を手がけています。これは実際に経験しないとなかなか伝わらない感覚ですね。今日、初めて体感しましたが、壁や天井に投影された映像に包み込まれる気がしています。

辻木勇二氏(以下敬称略):2022年1月から一般販売を始めた「uralaa」というサービスでは、私たちの会社がある北海道浦幌(うらほろ)町や屋久島の森、それ以外にも夕日の情景や海辺の景色といった自然の映像を主に提供しています。公開中の映像コンテンツは100以上、それらをスマホのアプリから瞬時に切り替えられるのが特長ですね。ストック(編集前の映像素材)は1500以上あります。多くは、自分たちや地域の協力者が360度のカメラとマイクで撮影した日本の風景です。

辻木勇二(つじき・ゆうじ)氏
辻木勇二(つじき・ゆうじ)氏
フォレストデジタル代表取締役CEO。三菱UFJ銀行投資銀行部門を経て財務省に入省。開発金融専門官として地球環境課題を担当し、途上国の温暖化問題や森林、生物多様性保全などに取り組んだほか、国連気候変動交渉や緑の気候基金の立ち上げに携わる。IT企業のグリー、ヤフーの新規サービス部長などを経て、メルペイで金融事業の担当役員を務めた後、ヤフー出身者や十勝の林業家とともに2019年11月、北海道十勝郡浦幌町にフォレストデジタル設立。十勝うらほろ樂舎(がくしゃ)副代表理事。米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院卒(写真撮影:加藤 康)

uralaaでは、クラウドのサーバーから複数の画面に映像配信する技術を採用しています。さまざまなサイズの部屋に対しても、手元で寸法を入力するだけでその壁面に最適化したサイズの映像を流せるため手軽です。提供している体験は映像の中で過ごすというシンプルなものですが、大掛かりな導入工事が要らないという意味では、これまでになかったサービスだと自負しています。

──今、この部屋では4台のプロジェクターを使って3面の壁と天井に映像を映していますね。最低構成では何台必要になりますか。

辻木:1台でも構いませんが、できれば2台は使いたいところです。没入空間を演出するためには、正面の壁と天井が切れ目なく動いていることがポイントだからです。2面を使った途端に没入感が出て、すごく包まれているような感覚になるんですね。

映像をつくるうえで私たちが意識するのは「揺らぎ」のあるシーンを撮ることです。水の揺れ、雨のしずく、鳥のさえずり……色々な揺らぎがある世界に包まれることで気持ちも癒やされますし、より没入感が増します。例えば、木漏れ日の映像をテレビ画面でただ見ても、私たちはあまり臨場感は感じませんよね。やっぱり首を上に傾けて、頭上で葉っぱがゆらゆらしているのを眺めるという「体の動作」を使って感じるのが木漏れ日だからです。

今回のサービスではクラウドを活用したマルチスクリーンの映像配信技術を採用する。独自の配信プラットフォームで4面まで(3つの壁+天井)の映像を同時配信することが可能。アプリでの映像切り替えもスムーズだ。「従来のスクリーンは16:9の比率ですが、uralaaは部屋のサイズを入力することで、どんな壁にも合わせた形で、マルチスクリーンの動画を投影できます」(辻木)(写真撮影:加藤 康)
今回のサービスではクラウドを活用したマルチスクリーンの映像配信技術を採用する。独自の配信プラットフォームで4面まで(3つの壁+天井)の映像を同時配信することが可能。アプリでの映像切り替えもスムーズだ。「従来のスクリーンは16:9の比率ですが、uralaaは部屋のサイズを入力することで、どんな壁にも合わせた形で、マルチスクリーンの動画を投影できます」(辻木)(写真撮影:加藤 康)

──没入型コンテンツでは各社がしのぎを削り、色々なテクノロジーが出てきています。

辻木:現在はVRゴーグルを掛けて体験するタイプが多いですが、そうした装置が必要ない没入空間ならば、隣の人と会話ができるし、お茶を飲んだりすることもできます。そこに「いる感覚」を味わいながら、仕事などもできるでしょう。オフィスワーカーのリフレッシュに貢献できるかもしれません。

本来であれば、こういう自然あふれるところへ旅をして、その場所の空気を吸うのが一番ですが、今あるテクノロジーを使って疑似体験で得られる価値を提供したいと考えました。病院や高齢者施設、ホテルの部屋やオフィスなど、色々なところに没入空間をどんどん広げていくという設計思想に基づいています。

たまたまコロナ禍で移動できない方も多い日常ですが、足の不自由な方やお年を召した方などにも気軽に楽しんでいただきたいですね。一般向けの販売をスタートしたところ、都内のホテルやサウナといったところからもお話がきていますので、皆さんが体験できる場所が少しずつ増えると思っています。