機能評価に用いられる人工太陽光照明を照射すると、ウールの表面温度が同色の従来品に比べて12度も上昇する――。驚くほどの発熱機能を持つ天然素材が話題となっている。山梨県富士吉田市の繊維商社フジチギラがバナジウムを利用した同県の特許技術を用い開発したウール糸「バナウォーム」だ。発熱機能を持つ天然素材は国内初。「魔法の糸」はどのように生まれたのか。開発の経緯を追った。

国内初となる発熱機能を備えた天然繊維が注目を浴びている。山梨県富士吉田市の繊維商社フジチギラが県の産業技術センターと共に開発したウール糸「バナウォーム」だ。近赤外線(赤外線のうち波長が短い光線)を吸収して暖かくなる素材で、機能評価に用いられる人工太陽光照明を当てると10分間の照射で、従来のウールに比べ同素材を用いた生地の表面温度は約12℃も高くなる。さらに消灯した後も従来ウールに比べ約3℃高い保温効果が持続する。レフランプを使用した取材時の実験では、10分間の照射でバナウォームのウール地の表面は77℃を超えるまで上がった。

左、右と共に糸の太さ、密度が同じウール生地。右の緑色の生地がバナウォームを使用したもの。生地の光吸収発熱性試験に使われるレフランプを10分間照射すると、左の赤い生地の表面温度は48.9℃だったのに対し、緑のウールは77.6℃となった(写真:大塚 千春)
左、右と共に糸の太さ、密度が同じウール生地。右の緑色の生地がバナウォームを使用したもの。生地の光吸収発熱性試験に使われるレフランプを10分間照射すると、左の赤い生地の表面温度は48.9℃だったのに対し、緑のウールは77.6℃となった(写真:大塚 千春)
同色の未加工ウールと比較した、バナウォームの発熱機能。いずれのグラフも左が未加工ウール、右がバナウォーム(提供:フジチギラ)
同色の未加工ウールと比較した、バナウォームの発熱機能。いずれのグラフも左が未加工ウール、右がバナウォーム(提供:フジチギラ)

「これまで発熱機能のある繊維は、発熱素材を練り込んだ合成繊維しかなかった。ウールという天然繊維への加工で、この機能を実現できたのは画期的なこと。しかも、光を照射した生地の裏面で未加工品との差が2℃、保温効果で1℃差がでれば発熱機能ありとされる中、非常に高い発熱効果が実証されたことでも、他に類を見ない素材が誕生した」とフジチギラ 代表取締役社長の加藤 誠氏は胸を張る。

フジチギラ 代表取締役社長の加藤誠氏(写真:大塚 千春)
フジチギラ 代表取締役社長の加藤誠氏(写真:大塚 千春)

きっかけはバナジウムの活用

バナウォームに用いられているのは、山梨県が2020年に特許を取得した技術だ。開発の糸口は、富士山の伏流水に含まれていることでも知られるバナジウムの活用に、山梨県産業技術センター 繊維技術部主任研究員の上垣良信氏が注目したことだった。「バナジウムの健康効果を調べている研究者と一緒に働く機会があり、この素材について調べてみた。例えば、ある無色の鉱石にバナジウムなどが混入することで、緑色のエメラルドになることが知られている。そこで、これはモノを発色させる素材になるのではないかと思い立ち、染料の発色補助剤として使うと面白いのではと考えた」と上垣氏は開発の原点を明かす。

バナジウム化合物は青い粉末(左)だが、水に溶かすと淡い緑色(右)になる(写真:大塚 千春)
バナジウム化合物は青い粉末(左)だが、水に溶かすと淡い緑色(右)になる(写真:大塚 千春)
山梨県産業技術センター 繊維技術部主任研究員の上垣良信氏(写真:大塚 千春)
山梨県産業技術センター 繊維技術部主任研究員の上垣良信氏(写真:大塚 千春)

同氏がまず考えたのが、植物由来の天然染料の媒染としてバナジウム化合物を利用することだった。天然染料は濃い色に染めるのが難しく、光を当てると色あせてしまうものが多い。上垣氏が開発したバナジウム化合物を用いると、ウールで植物染料としてはまれな耐光性のある濃い染色が実現した。今から10年ほど前のことだ。同氏の発表を聞き、当時から加藤氏はバナジウムに興味を抱いていたという。そして、上垣氏が研究を進めるうちに発見したのが、バナジウムを用いることで、ウールに驚くほどの発熱機能が付与されることだった。

左が加工前のウール糸、右がバナジウム化合物で加工した同じ糸。バナジウムの色が影響するため、この糸は明るい色には染めにくい(写真:大塚 千春)
左が加工前のウール糸、右がバナジウム化合物で加工した同じ糸。バナジウムの色が影響するため、この糸は明るい色には染めにくい(写真:大塚 千春)

同機能に関する発表を聞いた加藤氏は、「今まで山梨県産の糸はなかった。発熱するウールを作ることができれば、初の山梨発信の糸となり、大きな武器になる」と意気込んだ。