19世紀後半から20世紀前半にかけての世紀の変わり目に、スペイン バルセロナで活躍した建築家アントニ・ガウディ(1852~1926年)。世界遺産であるサグラダ・ファミリア聖堂をはじめとする彼の作品は、その独創的な表現が世界中の人々を魅了する。ガウディの研究を進める東京工芸大学の山村健准教授は、そこに持続可能な開発目標(SDGs)につながる発想がうかがえると言う。2022年3月には、同准教授が企画した展覧会「SDGsの先駆者アントニ・ガウディ 形と色―150年前からのヒント」が駐日スペイン大使館にて開催された。山村准教授に、ガウディの先進性について話を聞いた。

山村健(やまむら・たけし)氏
山村健(やまむら・たけし)氏
東京工芸大学工学部工学科建築コース准教授。一級建築士。2021年度日本建築学会奨励賞受賞。8歳のときに家族と訪れたスペインで、サグラダ・ファミリア聖堂を見て衝撃を受け、建築家を目指したという。専門分野の一つとしてアントニ・ガウディ研究を進めており、2021年には一般社団法人ガウディ学研究所を設立した(撮影:大塚 千春)

都市の集合住宅に「自然の換気」

──ガウディは、サグラダ・ファミリア聖堂をはじめ、その独創的な建築表現が注目されることが多い建築家です。どのような点から現代的なテーマである、持続可能な開発目標(SDGs)につながる発想が見えるのでしょう?

山村准教授(以下、敬称略):ガウディは、空気や水といった自然エネルギーの活用においても先駆的な建築家です。その一例が、1904~1906年にかけてガウディが改修した集合住宅カサ・バトリョ(図1)です。改修により、ガウディは最大限に自然の換気の力を利用する建物を実現しました。

図1:カサ・バトリョの外観(撮影:大塚 千春)
図1:カサ・バトリョの外観(撮影:大塚 千春)

バルセロナは都市の近代化に向けて、1850年代にセルダプランという都市計画を決定しました。街並みを正方形のグリッド状の区画に分けるプランで、カサ・バトリョは、計画に沿い整備された新市街に建っています。近代化に向けたプランには、都市の問題としてどうしても過密化する傾向があり、カサ・バトリョも大通りに面した間口が狭く奥に長い、町屋のような建物となりました。そのため、ガウディは改修の際、6つもの中庭を設け、風通しをよくしました。

それだけではありません。この建物で注目したいのは、窓や扉につくられた換気口です。建物のファサード(正面部分)にはじまって、窓という窓、扉という扉に換気口が設けられており、上昇気流によって1本の糸を通すように屋上にあるいくつもの煙突に風が流れていく。これほど徹底して換気口を設けた建築例を、私は他に知りません。

例えば、階段室(階段や踊り場を、扉などで区切った空間)にある窓には、複数の換気口が設けられていて、室内に入り込む風量を様々な形で調節できるようになっています(図2)。スライド式に開閉できる換気口や、手で回転することができる柵状に並んだパネルがあって、パネルは閉じたり開いたりして住人が換気量を調整できます(図3)。ガウディはドアノブなどの細部も含め徹底的に自分でデザインするのが常ですが、こうした部分にもユニークなデザインが施され、機能だけにとどまらないところも彼の魅力です。

図2:カサ・バトリョの階段室の窓を縮小率40%で再現した模型。制作協力:YKK AP/カサ・バトリョ/東京工芸大学山村健研究室/早稲田大学石田航星研究室/前田建設工業ICI総合センター/PRODUCT DESIGN CENTER、©YKK AP株式会社(撮影:大塚 千春)
図2:カサ・バトリョの階段室の窓を縮小率40%で再現した模型。制作協力:YKK AP/カサ・バトリョ/東京工芸大学山村健研究室/早稲田大学石田航星研究室/前田建設工業ICI総合センター/PRODUCT DESIGN CENTER、©YKK AP株式会社(撮影:大塚 千春)
図3:カサ・バトリョ階段室の窓模型の下部のアップ。並んだパネルが回転し、風量が調節できるようになっている。制作協力:YKK AP/カサ・バトリョ/東京工芸大学山村健研究室/早稲田大学石田航星研究室/前田建設工業ICI総合センター/PRODUCT DESIGN CENTER、©YKK AP株式会社(撮影:大塚 千春)
図3:カサ・バトリョ階段室の窓模型の下部のアップ。並んだパネルが回転し、風量が調節できるようになっている。制作協力:YKK AP/カサ・バトリョ/東京工芸大学山村健研究室/早稲田大学石田航星研究室/前田建設工業ICI総合センター/PRODUCT DESIGN CENTER、©YKK AP株式会社(撮影:大塚 千春)

加えて面白いのが、最上階にある洗濯室です。バルセロナの集合住宅では、日本のようにベランダに洗濯物を干すのではなく室内で乾燥させるため、この建物では最上階に洗濯室があります。現地を訪れた際、この洗濯室によく風が通るのでなぜかと思ったら、窓や扉から屋内に入った風が上昇して外に流れる前に、一度洗濯室を通るようになっている。各戸の空気を新鮮に入れ替えた後、その風が洗濯物を乾かし空に抜けていく。非常に合理的な考え方だと思います(図4)。

図4:洗濯室に至るカサ・バトリョの空気の流れ。パネルデザイン:松本健一(資料提供:東京工芸大学山村健研究室)
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図4:洗濯室に至るカサ・バトリョの空気の流れ。パネルデザイン:松本健一(資料提供:東京工芸大学山村健研究室)

──かつてイスラム王朝の支配下にあったスペインでは、建築もその影響を受けました。イスラム建築には、暑い気候への対策として「採風塔(バードギール)」(風を取り込むための塔)があります。ガウディの発想は、こうしたバードギールの影響を受けているのでしょうか?

山村:影響は受けていると思います。彼が手掛けたどの建物にも煙突や換気塔が多用されています。面白いのは、これらの作り方が造形的にバラエティに富んでいること。大別すると、タイルを貼り彩色を施したものと、色をつけない形態を重視したものの2つのパターンがあります。おそらく、煙突はレンガの積み方からデザイン、色彩まで、造形の実験場だったのでしょう(図5、6)。ガウディは、31歳から74歳で亡くなるまで長期に渡りサグラダ・ファミリア聖堂を手掛けたので、煙突のアイデアがこの聖堂に生かされたケースもあると思います(サグラダ・ファミリアはガウディ存命中には完成せず、現在も建設中)。

図5:ガウディによる様々な煙突の模型。モザイクを施した手前の塔は、実業家グエルの別邸の換気塔。右奥の着色のないものは、集合住宅カサ・ミラの屋上に設けられた煙突。西武文理大学(学校法人文理佐藤学園)蔵(撮影:大塚 千春)
図5:ガウディによる様々な煙突の模型。モザイクを施した手前の塔は、実業家グエルの別邸の換気塔。右奥の着色のないものは、集合住宅カサ・ミラの屋上に設けられた煙突。西武文理大学(学校法人文理佐藤学園)蔵(撮影:大塚 千春)
図6:カサ・ミラ(1906~1910年)。屋上には着色のない多くの煙突が見える(写真: L. Bertran、© Turisme de Barcelona)
図6:カサ・ミラ(1906~1910年)。屋上には着色のない多くの煙突が見える(写真: L. Bertran、© Turisme de Barcelona)