自宅にいながら世界中の観光地を散策する。書斎からクルーザーに乗って太平洋上で釣りを楽しむ。バーチャルリアリティ(VR)の技術を使えば、今でもそういったことは可能だ。しかし、未来のレジャーではバーチャルの世界での体験ではなく、リアルな世界でそんな体験ができる。それを実現するのがアバターロボットだ。

アバターという言葉を聞くと、大抵の人は仮想空間に作られたバーチャルな人間の分身をイメージするだろう。最近では、本人を3Dスキャンした「リアル・アバター」でソーシャルVRサービスを楽しんでいる人たちもいる。アバターロボットとは、バーチャルに存在していたアバターをリアルの世界で実現するものだ。人が遠隔からアバターロボットを操作し、ロボットが体験したことを自分の体で体験する。

現在、人型ロボットに関しては、自律的に動作するロボットの開発が盛んである。例えば人工知能(AI)の頭脳を搭載して自分で考えて行動するロボットや、自律走行が可能で目の前にある障害物をよけながら歩くロボットである。

これに対してアバターロボットは、自ら考えて行動することはない。考えるのは遠隔地からアバターを操作する人間である。この点からすると、AIを搭載したロボットよりも開発は簡単なように思える。しかし、送られてくる人間からの指示をリアルタイムに実行して体をコントロールしたり、逆にロボットが触った感触などをデータ化してリアルタイムに人間に伝える必要があるなど、インタフェースに関わる部分には高度な課題がある。

こういったアバターロボット実用化への取り組みを「ANA AVATAR VISION」(図1)として支援しているのが、航空会社のANAホールディングスだ。

(図1)ANAホールディングスが描くアバターロボット実用化への取り組み

アバターロボットのプラットフォームを開発

ANAは、アバターロボットを自社開発しようとしているわけではない。アバターロボット実用化を目指す企業に対し、要素技術開発の支援などを行う。ANA自身の狙いは、アバターロボットを利用するためのプラットフォームの構築だ。世界中のさまざまな施設や観光地などに置かれたアバターロボットに、スマートフォンからアプリでアクセスできるようにする。利用者には遠隔地からアバターロボットを操作して、あたかもそこにいるかのような「テレプレゼンス(遠隔存在感)」が体験できるサービスを提供する。

なぜ航空会社がロボット事業に関わろうとしているのか。「現在、航空機を利用している人は、年間で世界中の人口の約6%しかいない」(ANAホールディングス デジタル・デザイン・ラボ ANA AVATAR共同ディレクターの梶谷ケビン氏)。経済的な理由や身体的な制限などによって、94%の人は航空機を利用した長距離移動をしない、もしくはできないのだ。「長距離移動というサービスを提供する航空会社にとって、世界中の6%の人にしかサービスを提供できる機会がないことは、経営上の大きな課題」(梶谷氏)なのである。

航空会社を利用する人の目的は航空機に乗ることではなく、目的地に行くための手段である。ビジネスの分野では、航空機利用に変わる手段としてテレビ会議システムが普及してきた。しかし、観光やレジャーの分野では、自由に観光地を歩き回ったり、さまざまな体験をしたり、あるいは人との出会いを楽しむことが重要である。そこで、航空機を利用できない人々に向けて、アバターロボットを利用してもらい、本来は長距離移動を必要とする体験を、よりリアルに疑似実現してもらおうと考えた。

航空会社がこのようなサービスを提供するようになると、航空機の利用客が減る心配があるのではないかと思うかもしれない。「過去を振り返ると、電子メールやテレビ電話が登場した時にも同じことを言われたが、結果的にその心配は無用だった」(梶谷氏)。アバターロボットによって、従来では会う機会がなかった人同士をつなぐ。梶谷氏は「逆に、アバターロボット利用後に実際に足を運びたいと思うようになる人が増えていくことに期待している」という。